時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

「三文オペラ」の世界

2007年10月26日 | 雑記帳の欄外
  たまたまこのブログでブレヒトから波及して話題としたのだが、タイミングよく新訳に基づき上演された「三文オペラ」を観る。冒頭で「三文オペラ」とは、いわば現代に移せば「7500円オペラ」(A席料金)だという掲示が出て笑わせる。

  演出は白井晃氏で手馴れた感じ。酒寄進一氏の新訳による。すでに岩波の岩淵達治訳を読んでいたので、酒寄訳は読んでいなかったが、シアターでは販売されていた。ふれこみでは、ブレヒトそしてクルト・ヴァイルの意図した音楽劇を目指すということで、どんなものに仕上がっているか期待していたが、全体の印象はかなりミュージカルに近い。ブレヒトが意図した音楽劇なるものは、当時の環境ではもっとゆっくりとした進行ではなかったかと思うが、どんな形で上演されたものか、見たことがないので分からない。以前見た文芸座公演もはっきりは覚えていないが、テンポはこれほどではなかったかと思う。今回の演出では、とにかくめまぐるしいほど進行が早い。現代という時代環境に合せているのだろう。

  電光掲示板など映像技術が巧みに駆使され、ストーリーを知らない観客にも分かりやすい配慮がなされていた。舞台もシンプルながら4階まで使った重層的な組み立てで楽しめた。

  原作当時(初演1928年)のベルリン「黄金の20年代」の雰囲気とは当然遠い今日ではある。ブレヒトの原作自体がイギリスを念頭に置いているとはいえ、時代確定はできない設定になっているので、もともと時代を超える汎用性が仕組まれていた作品なのだろう。

  舞台設定を日本を含めたアジア的な都市をイメージするとの演出者の意図は必ずしも伝わってこなかったが、現代日本の問題を風刺するような台詞もあった。 原作での戴冠式の恩赦は、総督の就任パレードになっていて、もうひとつ迫力を欠いた。アジアのある都市という雰囲気も薄く、やや無国籍的な設定になってしまったのは惜しい感じだった。皇太子ご成婚くらいで現代日本にすっかり移し替えた方が一貫性があって良かったような気がする。

  とはいっても、エンターメント性はかなりあったといえよう。客席と俳優が近い感じで、「ブラボー」の声も聞かれた。途中の幕間も短く、進行のテンポが速いので、観客はストーリー展開に没頭できる。細かな点で色々と工夫がなされていたが、なんといっても大団円にいたる最後の場面の組み立てだろう。それまでやや盛り上がりの欠けた展開が引き締まった感じであった。回を重ねるごとに、役者の演技もこなれて熟成してゆくだろう。予想以上に軽い印象ではあったが、久しぶりに時間を忘れ楽しめた空間であった。
コメント
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