ヴァランタン・ド・ブーローニュ『占い師』部分
Valentin, The Fortune Teller, 142.5 x 238.5cm.
The Toledo Museum of Art, Gift of Edward Drummond Library, detail
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本作はカラヴァッジョをしのぐのではと思わせる迫力だ。この作品ではラ・トゥールの同テーマの作品とは反対に、女占い師がカモにされている。占い師〔左側)が占いをしている間にジプシーの子供〔左下〕、後ろの男などが、金目のものをねらっている。写真と見まがうばかりのリアルさです。全体図は下の通り。
年末、軽率にも壮大なブログ・テーマを選んでしまい、後悔しきり。それでも、このテーマはかねてから大きな関心を持っていたことも事実で、輪郭の輪郭ぐらいはメモしておきたい。
フランス史で「黄金時代」Golden Age といえば、17世紀ブルボン王朝の絶対専制王政の時代といってよいだろう。前回から記しているアメリカに渡ったフランス絵画の実態を明らかにした美術展には、アメリカ、フランス両国にとってさまざまな思いがこもっていた。
当初は薄かった17世紀絵画への関心
アメリカの収集家たちがフランス美術に関心を抱き始めたのは、概して18世紀末からであった。それまではオランダ、イタリア、イギリスなどの美術品に人気は集中していた。しかし、時代と共に関心の対象は移り変わる。ベンジャミン・フランクリンとトーマス・ジェファーソンはパリを訪れ,当時のフランス絵画の素晴らしさに魅了された。そしてほぼ100年後には、ニューヨーク、ボストン、シカゴなどの収集家たちが、競ってフランス印象派のパトロンになったり、サロン時代の絵画を買い求めた。
一般に、アメリカの収集家は1700年以降のフランス絵画を好んだ。簡単にいえば、分かりやすかったのだろう。結果として、17世紀フランス絵画の収集は比較的手薄であった。たとえば、著名なフリック・コレクションを例に挙げると、1935年に初めて市民に公開された当時、17世紀絵画は1点もなかった。
やっと1948年になって、われらがジョルジュ・ド・ラ・トゥール(笑)の作品(その後コピーと鑑定された)を取得、続いて1960年にクロード・ロランの作品が購入された。言い換えると、ヘンリー・フリックは、ビュッヒャー、フラゴナール、パーテルなどの重要な18世紀絵画の収集に力を注いでいた。
メトロポリタン美術館にもモルガンなどの富豪たちは、一枚も重要な17世紀絵画を寄贈(遺贈)することはなかった。17世紀絵画は19世紀後半になってやっと、あのライツマン夫妻の所蔵していた作品が遺贈されることで脚光を浴びるようになった。状況はシカゴの美術館、The Art Institute of Chicago などでも同様だった。
遅れてやってきた17世紀への関心
驚いたことに、アメリカ人が17世紀フランス絵画に関心を抱くようになったのは、20世紀後半になってからのことだった。管理人も運良くその流れの初めに乗れたようだ。今回話題としている1982年の『黄金時代のフランス~アメリカのコレクションにある17世紀フランス絵画』展では、当時ルーヴルの絵画部門の責任者だったピエール・ローザンベール氏(現ルーヴル美術館名誉総裁・館長)が主導して、アメリカの50を超える主要美術館、個人の収集家たちの所蔵作品を精力的に見て歩き、124点を展覧会のために選び出した。このうち、1960年時点でアメリカにあった作品は、68点だけだった。もちろん、例外的にわずかな数の作品がこの時点以前にアメリカにあったようだ。
さて、このモニュメンタルな美術展は、1982年1月、パリ(グラン・パレ)に始まり、続いてアメリカに渡り、ニューヨーク(メトロポリタン美術館)、続いてシカゴ(The Art Institute)で開催され、大評判となった。
今年2012年から遡ること30年前のことであった。今、当時のカタログを眺めているが、素晴らしい出来である。編集はロザンベール氏だが、カラーとモノクロの写真を含めて、実に綿密な仕上がりになっている。有名画家でも、あっと思うような作品に出会い、驚くことも多い。
今回は、カタログの目次を紹介しておこう。このブログを今まで読んでくださった皆さんには、17世紀フランス絵画をより深く理解するキーワードを与えてくれるかもしれない。
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この目次から推察できるように、1982年当時アメリカにあった17世紀フランス絵画の棚卸しのような感じがする重厚なカタログだ。ローザンベールを初めとする関係者が傾注した努力の程度が偲ばれる。
見どころは、まずMarc Fumaroli による展望論文だ。恐らく印刷コストの点で、収録図版にはカラー版が少ないのが残念だが、内容は素晴らしい。いづれ部分的にでも紹介することにしたい。
本カタログの圧巻は、なんといっても、ピエール・ローザンベールによる17世紀フランス絵画の解題である。1982年、今からちょうど30年前に書かれたものだが、迫力のある内容である。このテーマに関心を持つ人々には必読の論文だ。そして、同氏によるカタログおよびアメリカにおける収蔵の状況が説明されている。このあとの30年間に作品には多少の出入りはあるが、この間の時間の経過を感じさせない新鮮さがある。
ともすれば、フランスだけに視野が限定され、グローバルな視点に欠ける日本の研究者あるいはフランス美術に関心を持つ人々に、アメリカにあるフランス絵画という忘れがちな領域をしっかりと示してくれる。このカタログを見ていると、海外に流れた日本の美術品の全容はいったいどうなっているのだろうかと思わざるをえない。
続く