時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

真っ直ぐに見つめる人たち

2017年07月08日 | 絵のある部屋

 

「農民の家族」

The Peasant Family
ca. 1642
oil on canvas
113x159cm
Musee xu Louvre, Paris

 

  17世紀、フランス。様々な仕事で働いている人たちを描いた作品を見ていると、描かれた人たちがじっとこちらを見つめているような一連の作品が印象に残った。もっとも、作品の中には、全く無関心、迷惑のように、横を向いたり、後ろを向いた人も描かれている。描かれることが嫌いな人でも、画家は家族の一員として描いておきたいと思ったのだろうか。これまでも記したことのあるル・ナン兄弟の筆になるとされる農民や職人たちを描いた作品である。いずれも大変生真面目な雰囲気で、描かれている。使われている色彩も地味で、なんとなくセピア色の世界に迷い込んだ感じがする。農民や職人を描いた作品は、3人の兄弟の中で長兄に当たるルイが、最も得意としたと考えられる。しかし、こうした主題での作品を依頼したのは誰なのか、ほとんど不明のままである。パリに移住する前に制作した可能性も十分にある。

この時代の画家にしばしば見られることだが、作品に署名や画題が記されていないことがある。ル・ナン兄弟の場合は、さらに難問がある。以前に記したように、ルーカス、アントワーヌ、マティユー Louis, Antoine, Mathieu の3兄弟の誰が描いたか、あるいは共同で制作したかが今となっては判別し難い。いわゆる作品の帰属 attributonの判定が難しい問題が、美術史家やコレクターを悩ましてきた。

その後、作品についての研究が進み、作品の特性、モデルなどから、兄弟間の作品の微妙な差異が次第に推定できるようになった。2016年のキンベル、サンフランシスコ美術館巡回展のカタログ・レゾネではかなり新しい事実が発見されている。半世紀近く各地で見てきた作品でも、少しでも新たな事実が付け加えられているのを見ることは楽しい。

例えば、今回は展示物全てをルイ、アントワーヌ、マティユーの3兄弟のいずれに近いかを分類する試みも行われている(pp..96-97)。それによると、農民や職人を描いた作品は長兄ルイが主として制作したと考えられる。おそらく小さな田舎の町 Laon からパリへ出てきた当時は、故郷の田園的光景が彼らにとって最も身近な画題だったのだろう。もしかすると、故郷にいる間に制作していたのかもしれない。次兄アントワーヌは「カードプレイヤー」、近年発見された「聖ペテロの否認」など3人から数人を対象に描いた集団肖像画に近い作品が特徴のようだ。比較的数は少ない。しかし、他の兄弟と共同で制作したことは十分に考えられる。今日、最も作品数が多数残されているのはマティユーであり、主題も宗教画への傾斜が認められる。こうした区分は今日でもある程度可能とはいえ、個別の作品の水準では謎が残る。

 
「3人の若い音楽家」 
ca.1460-1645
oil on canvas, 27.3x34.3cm
Los Angeles County Museum


 

「バッカスとアリアンネ」
ca.1635
oil on canvas
102x152cm
Musee des Beaux-Arts, Orleans, France 

ル・ナン兄弟の作品には神話 mythology に関する作品が少ないことが知られている。この「バッカスとアリアンネ」はその数少ない神話を描いた作品であり、現存しないが、ル・ナン兄弟の時代にフォンテンブローに置かれていた石像をモデルにした作品と推定されている。こうしたテーマの作品を制作するには、多くの知識が要求され、兄弟は間違いなく、パリ市内のこうした場所を訪れ、スケッチなどを行なったと思われる。

ルイと比較して、アントワーヌとマティユーは、かなり主題が重なる作品を制作したと推定され、しばしば共作に近い形で制作した作品が多いことも明かになってきた。それでも、この二人の兄弟の作品区分をすることは困難を感じることが多い。結果として、Le Nain という曖昧さを残した表記は今後もかなりの作品に残ることだろう。今回取り上げた作品については、記すことは大変多いのだが、今回はこれで終わり。





Reference

THE BROTHERS LE NAIN: PAINTERS OF SEVENTEENTH-CENTURY FRANCE, BY C.D.DICKERSON III AND ESTHER BELL, NEW HEAVEN AND LONDON: YALE UNIVERSIRY PRESS, 2016.

 

コメント
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