時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

生涯で一度の機会: ファン・アイクの真髄に迫る

2021年05月23日 | 絵のある部屋


《ヤン・ファン・アイクの胸像》
Attributed to Willem van den Broecke (Paludanus), Portrait Bust of Jan van Eyck, 1545-54, Mas, Antwerp

新型コロナウイルスの世界的感染拡大が始まってすでに1年余りとなるが、収束の気配はない。この間、世界中でさまざまな催し事、展覧会などが延期や中止となった。期待していた大型美術展などで中止になったものもあり、大変残念な思いがした。その中には、ベルギーのヘント(ゲント)で開催されたファン・エイクの特別展もあった。会期途中で中止閉幕となってしまった。この展示では、この稀有な画家の現存作品およそ20点のうちの半数近くが見られるはずだった。イギリスで友人のメモリアル・サービスへの招待など行事もあったので、暫くぶりに長旅をしようかとも思ったが、全てコロナ禍で中止になってしまった。これだけの数のファン・エイクの作品が同時に展示されることはまずなく、大変残念な気がしている。

Van Eyck: An Optical Illusion, 1 February-30 April, Museum of Fine Arts Ghent
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N.B.
ヤン・ファン・エイク(Jan van Eyck, 1335年頃ー1441年)は 初期フランドルのフランドル人画家であり、15世紀北ヨーロッパで巨匠といえる最も重要な画家の一人である。西洋美術史上においても疑いなく画期的な芸術家である。
画家の出自、画業修業についてはほとんど分からない。主にブルッヘで活動、1425年ごろからブルゴーニュ公フィリップ3世に認められ、寵愛されて宮廷画家、外交官として仕えた。15世紀初期のフレミッシュ美術の巨匠である。
ファン・アイクの特別展は、主催者がその内容において 「一生に一度の経験」’a once-in-a-lifetime experience’とまで誇示していただけに、コロナ禍のため会期途中で中止となったのは惜しまれる。特別展カタログではないが、この画期的な展示に合わせて作成された極めて充実した学術図録を手元にon-lineの紹介と併せて疑似体験を試みたが、改めてこの画家が残した偉大な成果に圧倒された。
図録も印刷技術の目覚ましい進歩により、展覧会場ではなかなか確認できない細部が見事に再現されていて素晴らしい。興味深い分析と併せて長時間見ていても飽きることがない。


Van Eyck: An Optical Illusion,Thames & Hudson, 2021, pp.503
On-line:
MFA Ghent’s online tour at 6pm GMT on 8 April
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「ヘントの大祭壇」
今回の特別展の主要な見所は、次のような作品にあった:
『ヘントの祭壇画』または『神秘の子羊』『神秘の子羊の礼拝』といわれる複雑な構成の多翼祭壇画。兄 ヒューベルトとの共同作業としてのヘントの聖バヴォ大聖堂 の祭壇画として知られている。1432年の完成以後、その華麗で精彩な仕上がりで、世界的な名作として500年以上の時を超えて、今日まで継承されてきた。このたび修復作業を経て、大聖堂の新しい場所に設置された。この祭壇画は12枚のパネルから構成され、主題の「神秘の子羊の礼拝」が中央下段に位置している。

《神秘の子羊礼拝》開扉時下段中央

外側パネル(表扉)にも注目すべき点が多々あり、開扉時に下壇中央に描かれている《神秘の子羊の礼拝》が主になっている。

《神秘の子羊礼拝》表扉
Jan (c 1390-1441) and Hubert van Eyck (c 1366/1370-1426) The Adoration of the Mystic Lamb, 1432, Outer panels of the closed altarpiece, Oil on panel, Saint Bavo’s Cathedral, Ghent

8点の外扉パネルは、聖バヴォ大聖堂以外で長らく展示されてきた。1830-1918年の間は、パリのナポレオン美術館、1830-1918年にはベルリンで展示された。第二次大戦後修復作業が行われ、特に2012年に大規模な修復がなされた。この祭壇画が今日まで過ごした数奇な運命の変遷は、それだけで十分一冊の本になる。

視覚の革命 Optical Illusion
この画家の作品は、細部と光の表現力がすごい。精密で絶妙な細部描写と輝く色彩美は、図版で見る限りでも観るものを捉えて飽きさせない。順次展示された作品毎に展開される驚くばかりの写実性と絶妙な色彩の変化は、「初期フレミッシュ」の作風がいかなるものであるかを改めて実感させる。



細部についてもこの精彩さと美しさ。
Q. これはどこの部分でしょう? 答は最下段

画家の制作能力
これもよく知られている下掲の《ある男の肖像》Portrait of a Manと《神秘の子羊の礼拝》The Adoration of the Mystic Lambは同じ制作年次が記されている。この二つの大きく異なる規模の作品を同じ場所で展示する意義は、画家とその天才性についての理解を前進させると考えられている。Portrait of a Manも最近広範囲にわたり修復された。下掲のPortrait of a Man (Leal Souvenir) (1432) National Gallery , Londonのコレクションも、1857年にGalleryによって取得されて以来初めて貸し出しが行われた。

《ある男の肖像》(最近の修復前に撮影)
photographed before the recent restoration: Jan van Eyck, Portrait of a Man (Leal souvenir or Tymotheos), 1432. Oil on panel, 33.3 x 18.9cm. The National Gallery, London

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N.B.
『ティモテオスの肖像』(英: Timotheus)は、オーク板に油彩で描かれた板絵で、『レアル・スーヴェニール』あるいは単に『男性の肖像』と呼ばれることも多い。描かれている男性が誰なのかは伝わっていない。『ティモテオスの肖像』は1857年にロンドンのナショナル・ギャラリーが購入し、以後ナショナル・ギャラリーに常設展示されている。現在の研究家たちは、下段に碑銘のように刻まれた法律文書のような文体から、描かれている男性はフィリップ3世の法律顧問官だったのではないかとする見方もある。
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ヤン・ファン・エイクはこの時代に、モデルは異なるが、似たような肖像画をかなり残している。ご存知の方も多いだろう。


《青いシャプロン(飾り布)を被ったある男の肖像》
Jan van Eyck, Portrait of a Man with a Blue Chaperon, c.1428-1430, 22 x 17cm, Muzeul National Brukenthai, Sibiu (Romania)



ヤン・ファン・エイク《赤いターバンの男
Jan van Eyck, Portrait of a Man (Self Portrait?), 25.5 × 19cm, 1433.  National Gallery London

「初期フレミシュ」“Flemish Primitive” の精彩
ファン・アイクは油彩に革命を起こしたといわれる。初期オランダ美術の代表的存在であり、唯一無二の画家であった。ヨーロッパ中からの注文が殺到していた。

この画家は、自らの才能に絶大な自信も抱いており、それを誇示していた。他の同時代画家と違って、アイクは通常作品にサインし、日付を記した。時には、‘As well as I can’ (フレミッシュからの翻訳)という個人的モットーも記入している。自らの画家としての技量について大きな自負を抱いていたのだろう。

作品:


《泉のそばのマドンナ》
Jan van Wyck(Maaseik?, c 1390-1441) The Madonna at the Fountain, Oil on panel 19 x 12cm Royal Museum of Fine Arts, Antwerp


《受胎告知》
The Annunciation, c.1434-1436, Oil on panel , transferred onto canvas 92.7 x 36.7 cm, National Gallery of Art Washington, Andrew W. Mellon Collection

★Answer: 《神秘の子羊礼拝》表扉最上段













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