カラヴァッジョ 『女占い師』
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Michelangelo Merisi da Caravaggio
The Fortune Teller
1597. oil on canvas, 115x150cm
Rome: Musei Capitolini
NHKが4月8日、ゴールデンアワーともいえる時間に、カラヴァッジョの生涯と作品を取り上げていた。「日曜美術館」よりも力がはいっていた感じさえした。案内役にイタリア、そして美術史に詳しいヤマザキマリさんを起用したのがよかった。他方、国立西洋美術館で開催中の「カラバッジョ展」を側面から支援するプログラムのような印象も受けた。実際、そうなのだろう。これまで国内外で開催された「カラバッジョ展」のいくつかあるいは個別に作品を見る機会があったが、どうも日本での知名度や関心はいまひとつだ。観客やメディアの反応がかなり違っていた。しかし、今回は「日伊国交樹立150周年記念」という形容詞がついている。関係者の心の内が伝わってくる。NHK番組で少しでもこの名実共に希有な美術界の風雲児ともいうべき画家についての理解、そして美術館への観客が増えればと思う。
前回は2001年、東京都の庭園美術館での開催だったが、今回は会場も格上げ?されて国立西洋美術館である。この間、世界的にもカラヴァッジョの評価は大きく上昇した。しかし、桜の開花真っ盛りで雑踏の上野公園界隈だが「カラヴァッジョ展」は、他の展覧会とあまり変わらない程度の入場者であった。会期が長いことを考えても、拍子抜けした。
色々な理由が考えられる。第一はカラバッジョという画家の知名度がこの国では決して高くないことにある。以前から感じていたが、日本の美術史教育に問題がありそうだ。西欧美術についてみると、印象派以降に力を入れすぎて、それ以前の時代の美術とのバランスがきわめて悪いと思っていた。印象派以前の画家の作品は、往々にして基礎知識が必要となる。宗教画にしても、キリスト教の歴史を知らないと画題だけでは真髄は分からない。
筆者は元来、美術とはまったく縁の無い分野を専攻してきたので、系統的な美術史教育を受けたことはほとんどなかった。人生の過程で、たまたま友人となったアメリカ、イギリス、オーストリア、フランス、そして日本などの美術史家、画商やコレクターとの雑談と美術館めぐりなどを通して、自然と身についたにすぎない。しかし、幸いカラヴァッジョについては、ラ・トゥールなどの鑑賞を通して、かなり長い年月のおつきあいだ。
今回の「カラヴァッジョ展」の全体的印象は、画家の展示作品数が少なかったこと、個人的にはこれまでなんども見ている作品がやや多すぎて満足感がいまひとつであった。ラ・トゥールやフェルメールと比較すれば、帰属(アトリビュート)作品を含めれば、貸し出し(借り出し)余裕度はずっと大きいはずなのだが。
しかし、さすがにカラヴァッジョと思わせる作品もあって、考えさせられることは色々とあった。そのひとつは、展示の最初にあったったカラヴァッジョの「占い師」である。すでに何度も見ている作品だ。この主題はカラヴァッジョやラ・トゥール「いかさま師」として取り上げられているカードゲームと同じ世俗画のジャンルに含まれる。最近、スポーツ選手のギャンブルとの関わり合いがジャーナリズムに頻繁に登場しているが、カードゲームは絵画の上でも、しばしばある種の”いかがわしさ”と切り離せない。
さて、カラヴァッジョの「占い師」は、2点継承されているが、今回はカピトリーノ宮殿所蔵の作品が展示されていた(このブログでもかなりの回数、記してきた)。ルーヴル所蔵の作品の方がやや後年に制作されたと推定され、より洗練されている感がある。ルーヴルの作品の方が画面が明るく、ロマ(ジプシー)の女性、だまされる若い男(貴族の子弟?)もそれらしく描かれていて、細部の装飾的部分などもより洗練されている。全体に、ルーヴル版の方がファンは多いようだが、読者はどちらだろうか。いずれにせよ、今回の『カラヴァッジョ展』でも、最初に展示されているので、注目度は高いようだ。
この作品(カピトリーノ宮殿蔵)は、カラヴァッジョの天賦の才にいち早く目をつけ、パトロンとなったデル・モンテ枢機卿の一室に「いかさま師」と共に架けられていたといわれる。16世紀当時のローマでは、画家は習作のモデルには古代の彫刻などを対象にすることが慣行のようになっていたが、カラヴァッジョは身辺にいる人物をそのままモデルにして描いたといわれる。この「占い師」のモデルも街路を歩いていたジプシーを自分の作業場に連れてきて描いたといわれている。ラ・トゥールの場合も同様だ。
ジプシーの女性が占い師として手相を見るふりをして、その間に指輪などの装身具を盗み取る構図は、15ー16世紀の北方絵画に見られるが、注目すべきはジプシーの女占い師の特徴ある衣装だ。生地の厚い外衣(ローブ)を、着ていて、片一方の腕の脇の下から反対側の肩の上で結んでいるという特徴のある衣装だ。当時のジプシーはイタリアではその名の由来が示すように、エジプトの出身と考えられていた。ジプシーは5ー6世紀頃からヨーロッパのほぼ全域を、動物の曲芸、占い、手工芸、音楽、(時には盗み?)などを生活の手段としてカラヴァンを組み、遍歴していた。カラヴァッジョはリアリズムに徹した市井の画家であったことは、こうした点からも如実にうかがわれる。
さらに興味ふかいことは、一見世俗の光景を描いたかに見えるこの一枚に、画家はひとつの教訓を含めていることだ。一言でいえば、なんだろう。「美しい花には棘がある」?