庭の片隅に植えておいた黄花カタクリの球根が、思いがけなく芽を出し、開花していた。そこに植えたことも忘れていたほどだった。耐寒性があり、日陰や湿地にも強いshade plants といわれる植物でもある。キバナカタクリ(学名: Erythronium ‘Pagoda’、分類: ユリ科カタクリ属)、カリフォルニア原産エリスロニウム・トルムネンセ(E.tuolumnense)の交配種
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ヨーロッパの難民・移民問題をウオッチしていると、今度は日本の九州に大地震が起こり、一夜にして多数の避難を求める人々が続出するという事態が発生、言葉を失う。外国からの難民受け入れには厳しいことで知られるこの国に、住む家や土地を失うなど、ほぼ同様な苦難を背負った人々が一夜にして多数生まれるとは、なんというアイロニーだろう。
20世紀末から今日まで、被害の甚大さという点から記憶に残る阪神・淡路大震災(1995年)、新潟県中越大震災(2004年)、そして東日本大震災(2011年)を含めて、日本列島を分断するかのごとく、大きな地震が連続して起きていたことを改めて実感する。今回の熊本県に発した大地震(熊本地震)が将来いかなる名称で記憶されることになるかは別として、限られた地域で頻発する地震によって、当初の想像の域を越えた大災害となった。
われわれはどこに立っているのか
外国に長らく住み、たまたま帰国していた友人との間で、日本はさながら「災害列島」のように見えるという話が出た。実際、日本の震災といわれる大地震・津波などの記録を時系列でみると、ほとんど毎年のようにどこかで大小の地震、噴火などが起きている。列島に2000近いといわれる活断層が走り、休火山、活火山が多数存在する、地球上でもかなり特別な場所に、われわれは住んでいるのだということを改めて思い知らされる。強風と雨に苦しんだ被災地は、翌日の昼には夏日に近い気温になったといわれる。他方、この季節、雪が降っている地域もあるのが日本なのだ。
天災ばかりでなく、東日本大震災とともに発生し、将来世代への重荷を残すことになった福島第一原発の廃炉、放射能廃棄物の処理問題が重くのしかかる。大きな傷跡と不安を抱えたまま時が過ぎている。時間軸上を移動しつつ、未来の世代にこれ以上の重荷を残さないよう、なにをすべきか考え続ける必要を感じる。
熊本県だけでも10万人近い人々が避難生活をしている状況をみて、その規模に改めて愕然とする。今年年初から4月4日までにギリシャに到着したシリアなどからの難民・移民の数が、およそ15万2千人(IOM)と発表されていることを考えると、このたびの災害の規模と拡大の速度に改めて驚かされる。人間は自然の持つ恐るべき力を少し軽く見ていたのかもしれない。
気のせいか、今世紀に入ってから明るい話題が少なくなったような感じがする。20世紀と21世紀の違いといっても「世紀」は長い歴史の時間軸を区切る手段にしかすぎない。しかし、このブログで再三記してきたように、新しい世紀を迎えたころから、世界の時間の経過とともに、歴史の深部を流れるなにかが次第に変化し、それも従来の同種の変化の限界と思われた域を越えている。そのことについては、一部の歴史家、文明評論家などによっても指摘され、このブログでも時折記してきた。
時代を画する典型的事象(メルクマール)として挙げられてきた出来事としては、アフガニスタン戦争につながった2011年の9.11アメリカ同時多発テロ事件であったり、2008年のリーマンショックであったり、自然災害としては、2011年日本の東日本大震災(3.11)であったりして論者によって必ずしも同じ事象ではない。しかし、天災、人災を含めて、それまで想像したこともないような、ある仮想していた限界を超えたような出来事、現象が次々と起きている。あらゆる惨禍がヨーロッパを見舞ったともいわれる17世紀「危機の時代」を、別の形で経験しつつある気がするほどだ。このブログの出発点となった画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの生きた時代である。
「新たな危機の時代」を生きる
J.K.ガルブレイスが形容したように、「普通の時代」は終わりを告げたのかもしれない。このブログを立ち上げた背景のひとつに、そうした「不安な時代」の輪郭を確かめてみたいという思いがどこかにあった。ラ・トゥールが生涯を過ごした17世紀ヨーロッパはありとあらゆる災害、災厄が人々を襲った惨憺たる時代でもあった。とりわけ、画家の生きたロレーヌという地方(公国)は、30年戦争などの戦場ともなり、フランス王国と神聖ローマ帝国という巨大勢力の間にあって、現代のシリアやアフガニスタンのような荒廃を極めた状況にあった。ジャック・カロの銅版画に克明に描かれている。
今、大きく揺れ動いている現代の日本は、世界で唯一の被爆国であり、人道上想像を絶する惨禍を経験し、自ら関わった戦争によって国土の多くが焦土と化した他に類を見ない悲惨な経験を持ってもいる。その後列島を襲った大震災など幾多の災厄からも立ち直り復興の道を歩んできた。今回の苦難も、人々が互いに未来を信じ助け合い、必ず乗り越えて、世界にその強靱な国民性を誇りうる日につながることを信じたい。それこそが、不安な未来を生きるこれからの世界にとって最も必要なことなのだから。