時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

​ 誰が作品の「美」を定めるのか(6): 相対主義の行方

2023年07月18日 | 特別トピックス


★花の「美」の判定基準はどこに?  
栽培 Photo: YK



”教養本”の氾濫
しばらく前から少し大きな書店の棚を見ていると、美術関係のタイトルが明らかに増えていることに気づいた。しかし、そのかなりの部分はいわば”教養本”とでもいうべきもので、これ一冊読めば美術史が分かるようになるとか、美術を通して歴史が分かるなど、大きなキャッチフレーズを掲げている。いつの頃からか、漫画、アニメなどの媒体も増えた。これらの本の多くは、歴史軸に沿って、有名と思われる画家、作品を並べただけで、これで美術史だろうかと思うものもある。何冊読んでも雑知識は増えても、美術史が分かったことにはなりそうにない。さらに言えば、美術史の側も理論自体が不在ないしは混迷しているので、こうした事態が生まれてくるという事情もある。

美術史に限ったことではないが、長年、筆者は大学などのカリキュラムの編成やその内容を検討することに多くの時間を費やしてきたが、事態の改善は簡単ではないことを、いやというほど気づかされてきた。専門化の悪い面が各所に出て、自分が専門と決めた対象以外、関心がない、分からないなどの人為的な視野狭窄の弊害が目立つようになった。筆者が多くの時間を費やしてきたのは経済学の領域だが、美術を含む文化史などの領域などもかなりの関心を持って注目をしてきた。

第2回に続き、今回も取り上げたクリストファー・ウッドの『美術史の歴史』も美術史はどうあるべきかという点を少し掘り下げて考えてみたいと思い取り上げた一冊である。何人かの知人の美術史家に話をしてみたが、残念ながら読んでいる人は少なかった。

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Christopher S. Wood, A HISTORY OF ART HISTORY, Princeton University Press, 2020, pp.461

本書は、美術史の様々な側面を改革しようとの意欲に満ちている。その背景にある歴史学、特にイタリア、ドイツについての著者Woodの博識には圧倒される。アメリカ、イギリスなどの主要大学院で基本文献に指定しているところも多いことも分かった。
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かなり苦労して取り組んだ結果、本書は近年の美術理論書の中では出色の作品であると感じるようになった。大変重厚かつこれまでの美術史関連文献には見られない広い視野を背景とする力作であり、しかも既存の美術史観にとってかなり挑戦的な内容である。表題とは異なり、純然たる美術史の本ではないことに気づいた。対象はほとんど西洋美術に限られているが、問題の所在は良く分かる。そこで、今回はこの著作を手がかりに、考えたことを少し記してみたい。本書の論点はきわめて多岐に渡るが、ここでは骨格と思われる部分だけに限定する。


美術史の起源については、古くは800年(プリニウス)からヴァザーリ(16世紀イタリア)、ヴィンケルマン(18世紀ドイツ)など諸説あるようだが、一般的には19世紀にようやくアカデミックな分野として浮上したとみられる。長らく、芸術家、批評家、コレクターなどの間で議論され、分類法、評価、芸術の解釈などの諸側面が適切に位置づけられ、文脈化され、蓄積されることで、美術史として成立の過程を辿ったのだろう。

「南」の独占が揺らぐ時
これまで記したように、17世紀末までは、イタリア以外の地域での美術論の書き手はヴァザーリのローカル版に過ぎなかった。「南」(主にイタリア)は、断然、他の地域を圧して独占的ともいえる地位を占めてきた。しかし、その優位も揺らぐ時が来る。


ストラスブール大聖堂 Photo yk

1772年、ゲーテ(Johnn Wolfgang von Goethe)は23歳の時、法律を学ぶため滞在していたストラスブールで、同地の大聖堂を訪れた。壮大なゴシック建築を前に大変感動したゲーテは、大聖堂の主な建築家と思われるエルヴィン・フォン・シュタインバッハに宛てた賛辞として、エッセイを残した。


Goethe: pastel by Gerhard von Kugelgen, 1810
Goethe-Museum Dusseldorf

美術はユニヴァーサルではないか
Woodによれば、このゲーテが残した言葉は「中世が残した成果に全幅の賞賛を与える最初の表現」ともいうべきものだった。ゴシックの長年にわたる累積にゲーテは「強く粗野なドイツの魂」を感じた。後年、彼は美術は決して万人に通じるユニヴァーサルなものではないと結論する。大聖堂のように数百年をかけて建造されてきた作品については、建築家や職工たちの努力の成果が雑然と集積し、どこまでががオリジナルでどこが派生か、誰の作品か、区分できない(Wood pp.167-175)。建築物としては長い年月をかけているだけに大部分はロマネスク建築だが、通常ゴシック建築の代表作とされている。ゲーテは、その累積された結果に感動したのだろう。

もしそうだとすれば、美術についても古典的な形式を通して、「北」(アルプス以北)は、「南」(アルプス以南、イタリア・ローマ)を絶対視してそれに等しくあるいは追いつこうとするべきではない。

出来上がった階層構造とその崩壊
「南」を優位とする美術史のヒエラルキーが次第に崩れた反面では、美術作品とその対象の多様化が進行した。さらには、美術活動の展開に伴い、各分野で明瞭な専門範囲の形成が見られるようになった。

美術史の対象は、芸術分野として一般に認められる作品だけに関心が集中してきた。さらに宗教活動において、コミュニケーション手段としての芸術の使用が顕著に目立つようになる。

「相対主義」観の台頭
Woodが自著の主要テーマと呼ぶものは「相対主義」というべきものであり、現代美術史の基礎とすべき考えだという。相対主義とは時間と空間の双方の意味で作品が理解されねばならない。そして、各時代の各文化にはその時代の芸術を評価するための独自の慣例がある。

歴史の経過とともに、知識の視野が広がったことで、それぞれの社会が適切な基準について独自の考えを持っていることが明らかとなった。言い換えると、自分の文化の尺度を別の文化の芸術に適用することはできない。ひとつの作品の背景には、その時代の社会が培った文化が分かち難く存在している。この過程では「南」のキリスト教、なかでもカトリシズムの靭帯も緩み、切り離される変化も進行した。

相対主義は、別の表現をすれば芸術についての概念のひとつだけでなく、多くの異なる概念を認識することが、現代の美術史の基礎になるといえるのだろう。

さらに、一度は出来上がったかに見えた「南」、象徴的にはローマの美術的優位の階層的体系が揺らぎ、崩れる方向を辿った原因は、美術家にとって重要で意味あるものだが、さらに美的対象として目に映る作品のタイプや対象も劇的に増加した。その結果として、「美」とは何かという根源的問題について、統一的判定基準はなくなった。「相対主義」は現代の美術史論の重要な基盤となった。それを反映するかのように、全体の展望は成り行き任せで、自ら特化した領域だけに視野を限定した見方が増えてきたかにみえる。

しかし、「相対主義」を律するものは何であるのか、疑問は依然として残っている。


続く


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