時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

逆行する世界:アメリカ関税引き上げ

2018年04月03日 | 特別トピックス

 

 

トランプ大統領が鉄鋼とアルミニウムの輸入について、高率関税を課すという動きに出た時、まず頭に浮かんだのは保護主義、時代錯誤という思いだった。かつてしばらくこれらの産業に自ら携わり、その盛衰を体験・観察してきた筆者にとって、こうした措置でアメリカの関連産業が活気を取り戻し、雇用が増加するとは到底思えない。世界経済全体が停滞する貿易戦争につながるばかりだ。

これらの産業は「ラスト・ベルト」*1 (Rust Belt: 錆びついた地帯)の中心的産業であった。この地域の鉄鋼、アルミニウム産業の実態については、やや執筆時点が古くなるが、本文下掲の調査、概観を参照してほしい。

*1 ラストベルト(英語: Rust Belt)とは、脱工業化が進んでいる地帯を表現する呼称である。この領域の南はアパラチア山脈の炭田地帯であり、北は五大湖で、カナダのオンタリオ州の工業地帯を含んでいる。

ラストベルトは、アメリカ経済の重工業と製造業の重要な部分を形成してきた。鉄鋼、アルミニウム、自動車などの製造業の多くがこの地域に立地し、発展してきた。しかし、このブログでも記しているように、これらの産業の多くは国際競争力を失い、老朽化が進み、衰亡の過程にある。映画「デトロイト」や「ヒルビリーエレジー」にも如実に描かれているように、地域の衰退の色は覆いがたい。確かtにかつては、US Steel, Alcoaなど鉄鋼、アルミニウム産業の本拠地であった。しかし、今やこれらの産業の中心は、中国や中東諸国など、エネルギーや労働コストで相対的にコストが安く、競争力のある地域へ重点移行している*2。例えば、アメリカがアルミニウム製品についての関税を10%引き上げたところで、エネルギーコストをはじめとする根本的な合理化がなされない限り、産業の再生は考えられない。

しかし、トランプ大統領を支持した白人労働者層はこの地域の衰退産業に長く雇用されてきた、時代を切り開く新産業に雇用されるための技能転換がきわめて難しいタイプの労働者である。彼らの支持を取りつけないかぎり、トランプ氏の政権存続は難しい。その点を背景に、この政策が構想されていることは明らかだ。トランプ大統領はすでに選挙運動の過程でこの関税引き上げ策を示唆してきたから、その意味では公約を実行に移したとはいえる。しかし、輸入関税の引き上げで一時的な「温室化」を図ったとしても、旧タイプの鉄鋼、アルミニウムなどの製造業をこの地で再生させ、雇用を増大することはほとんど困難だ。そのことは、実際に「錆びてしまった」工業(製造業)を訪れてみれば、直ちに明らかになる。

アメリカの産業政策が目指すべき方向は、この地域に芽生えつつあるアメリカの今後を支える可能性の高い新産業、液体水素燃料電池、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、情報技術および認識技術などへの転換を促進することにあるはずだ。この地域はエンジニアリング職の重要な供給源である。不幸にも衰退産業で働き、新産業への転換が難しい白人・非白人労働者には、彼らでも対応できるような中間的技能に基づく産業の支援、地域外の産業への自発的移動などを企画すべきだろう。

それではなぜトランプ大統領は、鉄鋼・アルミニウム製品への輸入関税引き上げという保護主義への逆行ともいえる後ろ向きの手段をとったのか。それは大統領選で支持基盤を維持するために、この地域の労働者に一見わかりやすい単純な方策を提示することで、中間選挙に向けて支持層をつなぎとめることでしかない。トランプ大統領の任期中にこの産業が再生し、雇用が復活する可能性はない。

 

*2 世界のアルミニウム(新地金)生産量についてみると、2017年の中国は31,870千トン、ロシア3,454千トン、カナダ3,209千トン、アラブ首長国連邦2,471千トン、インド1,909千トン,さらにオーストラリア、ノルウエー、バーレーン、アメリカ818千トン、ブラジルが続く。かつて世界のアルミニウム生産の最先端を走っていたアメリカだが、今は衰退の一方だ。ちなみに、日本はエネルギー・コストの上昇で、競争力を失い製錬業は完全に消滅している。
他方、アルミニウム消費量は、2017年時点で中国が31,645千トン近くで、第2位のアメリカの5,121千トンを大きく引き離している。さらに第3位のドイツ2,189千トン、第4位の日本1,742千トンと比較しても中国のシェアは突出して大きい。アメリカは原料のアルミニウム新地金のほとんどを輸入に依存する国になっている。これに対して高率関税をかければ、国内の製品価格は上昇せざるを得ず、消費者が負担を強いられることになる(World Metal Statistics)。

 

References
アメリカ鉄鋼業における再生の試みは、やや調査時点が古いが、下記の(奥田健二、故上智大学名誉教授)調査報告が詳しい。筆者も同教授夫妻と共に一部の実地調査に参加している(4-5章)。
http://db.jil.go.jp/db/seika/zenbun/E2000012614_ZEN.htm 

桑原靖夫「アルミニウム産業」『戦後日本産業史』所収(東洋経済新報社, 1995年

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