ジャン・アントワーヌ・ヴァトー《メズタン》1718-20頃 メトロポリタン美術館、ニューヨーク
Jean-Antoine Watteau (French, Valenciennes 1684-1721 Nogent-sur-Marne)
Mezzetin
ca. 1718-20, oil on canvas, 55.2 x 43.2 cm, The Metropolitan Museum of Art, New York, Munsey Fund, 1934(34.138)
コロナ禍、ウクライナ戦争など憂鬱な日が続く。快晴の日、遅まきながら国立新美術館の「メトロポリタン美術館展」へ出かける。混んでいたら、2回に分けて鑑賞することにしようと思っていたが、適切に入館者が管理されていた。午後2時の予約で入館したが、ほどよい入館者数ではないかと思われた。人気の作品の前でも人の列が重なり合うことは少なく、単眼鏡に頼ることもなく、細部もほぼ十分楽しむことができた。
メトロポリタン美術館(略称:Met)はブログ筆者にとって、ほとんど半世紀前、最初に出会った世界的な大美術館であったから、当時の印象も感動も格別であった。滞米中はニューヨークへ出かけるたびに訪れていた。館内の展示の配置まで覚えていた。最近は訪米の機会が少なくなっていたので、今回日本に来るのはどんな作品か楽しみであった。
絵画作品だけの展示であったから、この世界的美術館の全容をイメージするには十分ではないが、「西洋絵画の500年」という展示のテーマを有期の展覧会でカヴァーするにはほぼ十分であると思われた。
入館してすぐに幾つかの懐かしい作品が目についた。ラ・トゥール《女占い師》は、今回の特別展のPRポスターに採用され、注目度は急速に上昇したようだが、半世紀前から注目していたブログ筆者にとっては、遅過ぎたという感じは否めない。
Jean-Antoine Watteau (French, Valenciennes 1684-1721 Nogent-sur-Marne)
Mezzetin
ca. 1718-20, oil on canvas, 55.2 x 43.2 cm, The Metropolitan Museum of Art, New York, Munsey Fund, 1934(34.138)
コロナ禍、ウクライナ戦争など憂鬱な日が続く。快晴の日、遅まきながら国立新美術館の「メトロポリタン美術館展」へ出かける。混んでいたら、2回に分けて鑑賞することにしようと思っていたが、適切に入館者が管理されていた。午後2時の予約で入館したが、ほどよい入館者数ではないかと思われた。人気の作品の前でも人の列が重なり合うことは少なく、単眼鏡に頼ることもなく、細部もほぼ十分楽しむことができた。
メトロポリタン美術館(略称:Met)はブログ筆者にとって、ほとんど半世紀前、最初に出会った世界的な大美術館であったから、当時の印象も感動も格別であった。滞米中はニューヨークへ出かけるたびに訪れていた。館内の展示の配置まで覚えていた。最近は訪米の機会が少なくなっていたので、今回日本に来るのはどんな作品か楽しみであった。
絵画作品だけの展示であったから、この世界的美術館の全容をイメージするには十分ではないが、「西洋絵画の500年」という展示のテーマを有期の展覧会でカヴァーするにはほぼ十分であると思われた。
入館してすぐに幾つかの懐かしい作品が目についた。ラ・トゥール《女占い師》は、今回の特別展のPRポスターに採用され、注目度は急速に上昇したようだが、半世紀前から注目していたブログ筆者にとっては、遅過ぎたという感じは否めない。
出展作品についての感想は多々あるが、今回は日本ではあまり注目されていないが、Metが誇るひとつの作品を取り上げてみよう。
アントワーヌ・ヴァトーの作品《メズタン》は著名な作品だが、その内容を正しく理解するにはある程度の基礎知識が必要になる。今回の展覧会カタログその他*から要旨を簡単に記しておこう。
メズタンとは、1718ー20年頃に描かれたこの作品に描かれた舞台衣装を着た音楽家の名前ではなく、18世紀に流行した演劇のキャラクターの一つである。それはパリやその郊外で縁日の市にしつらえられた非公式の劇場で盛んに上演され、あらゆる階層の人たちが楽しんだイタリアの即興喜劇、コメディア・デラルテに登場したキャラクターであった。
メズタンは、おどけ者の使用人が従者で、ギターを奏で、むくわれない恋を、虚しく追い求める。そのため、ヴァトーはメズタンの背後の庭園にこちらに背を向けた女性の彫刻を描いている。ベレー帽、ひだ襟、縦縞の上着に膝丈の半ズボンという彼の服装はメズタンの衣装に特有なデザインだが、通常ストライプは赤と白であったため、この作品での色使いは変則的なものになっている。
イタリアの即興喜劇コメディア・デラルテのコミックキャラクターであるメズタンは、パリの舞台で定評のあるパフォーマーであったが、ワトーの生涯における絵画の革新的な主題だった。メズタンは、ワトーが愛する草に覆われた庭園にいる。彼の衣装は通常、縞模様のジャケットと乗馬用ズボン、フロッピーの帽子、ラフ(ひだ襟)、そして短いマントで構成されている。彼の性格は、彼女を彼に背を向ける遠くの女性像によって示されるように、時に邪魔で、嫌われたり、しかし愛情深いものだった。ヴァトーの繊細なタッチは、特に人物の手や衣服に見られるが、この絵では非常によく保存されている。1767年の競売時の目録には、保存状態が良く、人物がルーベンスのような色調で描かれていると記されている。当時の記録では卵形ovalの額装であったようだが、今日残る作品にはその跡は残っていない。
初めてこの絵を見ると、優雅な構図と繊細な色調が印象に残るかもしれないが、最も魅力的な点は粗い筆致で描かれた顔と骨張った大きな手にある。この点はメトロポリタン美術館が収蔵する素描(下掲)との比較で確認されている。上掲絵画作品のモデルと考えられ、この画家については珍しくモデルについての観察力と性格描写の迫真性が際立っている。画家としての修業が確実に生きていることを示すものでもある。この画家はひとりの時間を大切にし、自分の作品を売ることには関心がなく、不安定な生活を送り、自身が制作した膨大な数の準備素描以外には、所有物はほとんど何もなかったと言われる(『メトロポリタン美術館展カタログ』p.146)
上掲の作品は、幸いなことに経年劣化も後年の修復による損傷もほとんどなく、色彩豊かで多彩な色調にはルーベンスの影響が感じられる。
静かな庭園の片隅で一人楽器を奏でるメズタンの姿は、多くの華やかな展示作品の中では見過ごしかねないが、しばらく立ち止まって静かに考えるにふさわしい価値ある作品だ。
アントワーヌ・ヴァトー《男性の頭部》1718年頃、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
References:
References:
カタログ『メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年』European Masterpieces from TheMetropolitan Museum of Art, New York, 国立新美術館 2022年2月9日ー5月30日
Watteau, Music, and Theater: The Metropolitan Museum of Art, Distributed by Yale University Press, New Heaven, 2009 (now out of print).
下掲の本書は、ルイXIVの在位の時代に展開した絵画と音楽(視覚芸術)、舞台劇(舞台芸術)を結ぶ豊潤な文化に焦点を当てた作品である。ロココを代表する画家Jean-Antoine Watteau(1684-1721)と18世紀初期のフランス画家の音楽と劇場をめぐる華やかな活動に焦点が当てられている。若い画家ヴァトーが活気に満ちたパリに到着した後、勃興した音楽と演劇の魅力的な発展のありさまが本書の主題となっている。ヴァトーや他の18世紀の芸術家たちの魅力的な素描や版画、陶磁器や楽器も含まれていて興味深い。150ページに満たない小冊だが、この画家の世界を知るには欠かせない多くの材料が含まれている。
本書によると、上掲の作品は当初画家の友人で熱心な支援者であった裕福な織物商ジャン・ド・ジュリエンヌJean de Jullienneが30年以上所有していたが、その後ロシアの女帝エカチェリーナの所有になった。その後画商の手を経て、1934年にメトロポリタンの所蔵するところになったようだ。