時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

我々は前に進んでいるのだろうか:見えないものに翻弄される世界(3)

2020年03月06日 | 特別記事

’It’s going global’ The Economist ,February 29th-March 6th,,2020, cover


ウイルスがやってくる。政府は山のように多くのなすべきことがある。
The virus is coming. Governments have an enormous amount of work to do. 
Leaders, The Economist February 29th - March 2020

 

新型コロナウイルスの嵐は、ついに5大陸を覆うまでにいたった。その速度は驚くべきだ。昨年末に中国で増殖を始めたと思われる新型ウイルスは、わずか3ヶ月で世界中を恐怖と混乱の渦に巻き込んでしまった。感染症の拡大がこれほど急激かつ広範に、世界のあらゆる領域に甚大な影響を与え得たことは歴史的にもあまり例のないことだろう。疫病が人類に多大な衝撃を与えた例は、歴史上も何度かあった。しかし、今回ほど短期間に広大な地域に深刻な影響を及ぼした例は知られていない。地球上を移動する人の数と速度が、かつてとは比較にならないほど変化していることが背景にある。

「グローバル危機」へ
このブログでは、今回の新型コロナウイルスがもたらした現象を「 グローバル危機」という概念で捉えたが、その後刊行されたイギリスの経済誌 The Economist(February 29th-March 6th,2020)も「ついに(コロナウイルスは)グローバルに」It’s going global という表題を掲げている。しかし、このウイルスの正体にはまだ分からないことが多い。目に見えないウイルスは、人間の健康領域から経済、政治、文化の次元へと急速に浸透、拡大し、各所に大きな損傷を与えている。文字どおり、これまで経験したことのない「グローバル危機」が世界を脅かしつつある。

ビッグブラザーの姿が・・・・・
新型コロナウイルスの震源地となった中国では、もはやなりふり構わず、軍隊まで動員して鎮圧に躍起になっている。その有り様は今や文明のあり方まで規定しかねない。スマホなどのIT技術を駆使して、個人に関わる情報を集積し、国家が掌握、利用することが行われている。あたかも、ジョージ・オーウエルの『1984』に描かれているビッグ・ブラザーが支配する全体主義国家を彷彿とさせるものがある。

様々な議論が行き交う中で、やや異例な新聞記事でブログ筆者の目を引いたのは、日本と同様に休校措置を導入したイタリアの高校長が生徒へ宛てたメッセージであった。短い引用記事であったので趣旨が十分読者に伝わらなかったかもしれないので、少し補足してみよう。このメッセージを書いたミラノの高校のドメニコ・スキラーチェ校長は、17世紀にヨーロッパに蔓延した疫病ペストの状況と現代を比較している。


「最大の脅威は人間関係の汚染:イタリア・休校中の高校長、生徒へメッセージ」『朝日新聞』2020年3月2日夕刊

我々は前に進んでいるのだろうか
記されているのは、このたびの新型コロナウイルスの流行に伴って指摘されている外国人に対する恐怖や侮蔑、根拠のない迷信や治療法の横行などの現象である。17世紀ヨーロッパを震撼させた疫病ペストの流行時の状況と今回の新型コロナウイルスの蔓延に右往左往する世界の状況が、多くの点で類似していることである。マスクに始まり、トイレットペーパーの買い占め、日用品の払底、検査キットの不足などに見られる人間の利己的行動に起因するパニック、外国人差別、偏見、入国制限など、歴史の退行現象ともいえる兆候が至る所で指摘されている。

本ブログでも折に触れて記してきたが、17世紀には疫病の流行が多くの噂、偏見を生み、怪しげな療法、妖術、魔術を拡大させ、世界史上知られる 魔女狩り、裁判の横行 があった。科学的、合理的な根拠もなく、他国の政策を非難したり、個人レベルで外国人を敵対視したり、攻撃するという行動は、すでにメディアで報じられている。

ドメニコ・スキラーチェ校長は、17世紀と異なり、近代医学が発達を遂げている現代では、状況が異なると述べ、良書を読み将来に備えよと述べている。確かにこれまでの経験からすれば、1-2年すれば、新型コロナウイルスへのワクチンも開発されるだろうし、有効な新薬も見出されるだろう。


しかし、大国の横暴がまかり通り、合理的思考も必ずしも貫徹しない現実を前にすると、この新型コロナウイルス危機を乗り越えたとしても、人間社会には多くの後遺症が残ることが予想される。すでにその兆候は至る所にある。人の移動の減少、利己主義や偏見の抬頭などはすでに見られる。それらの傷痕をできる限り少なくする上でも、暫し来し方を振り返り、未来を考える上で、これからの世界に生きる若い世代にとって「社会の休校 」は無駄ではない。付和雷同、右往左往することなく、深く沈潜して考えるために天が与えた機会と思いたい。


References
’It’s going global’ The Economist ,February 29th-March 6th,,2020
「最大の脅威は人間関係の汚染:イタリア・休校中の高校長、生徒へメッセージ」『朝日新聞』2020年3月2日夕刊

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