長らくご愛顧いただいていた「薄幸なる5ドア車」シリーズも、今回が最終回。
トリを飾るのは、「ダイハツ・アプローズ」。
その登場は、日本車のヴィンテージ・イヤーと呼ばれた1989年。
「ユーノス・ロードスター」「レガシィ」「セルシオ」「スカイラインGT-R」等が登場したあの年である。
「これが、次のセダンです」「喝采という名のアプローズ」・・・
5ドア車が不人気車の代名詞だったこの時代に、あえて5ドアセダンをリリースしたダイハツの英断には、個人的には喝采を送りたい。
横一線に伸びた、けれんみなくシンプルなグリル。
ガーニッシュ等を廃し、つるんと鉄板の面で造型されたリヤエンド。
機能的に配されたインパネ。
ピアノタッチの空調コントロールは、運転席からも扱いやすそうな造型でよろしい。
ざっくりとした表皮のシートは、色彩感も含め欧州調である。
1.6リッター16バルブエンジンは、120psを発揮。
ステアリングコラムから生えたワイパースイッチの横に設置された、「オートドライブ」機能!
現代流に言えば、「クルーズコントロール」ですネ。
このクルマのハイライトは、やはり3ボックススタイルでありながらも、「スーパーリッド」と呼ばれるハッチゲートを持っていたことである。
まさにそれは、ワゴンライクなユーティリティ!
リヤシートは、シングルフォールディングでも、ダブルフォールディングでも、荷物の形状に合わせて畳むことができる。
ラインナップは4WDモデルを含み4種。
トランスミッションは全てのモデルに5MTが標準で、FFモデルは4ATも選択可能だった。
カラーは、渋めの5色。
全長4260mm・全幅1660mmという小ぶりなサイズは、日本の交通インフラにはジャスト・サイズである。
ただし全高は1375mm(4WD車は1390mm)と、若干低めだった。
シンプルかつクリーンなラインを持つ、意欲作のこのアプローズだったが、バブル真っ只中のこの時代にあって、あまりにも清楚すぎて、やや無国籍な印象が強かったというのも、私の偽らざる感想である。
そしてそんな時、例の事件が発生してしまう。
そう、あの有名な「燃えるクルマ騒動」だ。
そんなこともあって、もともと多くはなかったアプローズの販売台数は、追い討ちをかけるようにシュリンクしていった。
そして登場後8年を経た1997年に、アプローズはビッグマイナーチェンジを敢行する。
それは、独立型のメッキグリルや、ランプ周りのメッキ加工・・・
ナンバープレートの周りにもメッキガーニッシュが・・・メッキ的、いや、末期的症状である。
インパネ一面には一目でフェイクとわかる木目が貼られ、
シート生地も、当時のトヨタのマークⅡ風のモケット地へと宗旨替え。
ここで地味に追加された機能が、「リヤシートリクライニング」。後席の住人が寛げるようにという配慮だったのだろうか・・・
ここで4WDモデルは消滅し、トランスミッションも4ATのみと、戦線は縮小された。
アクセサリー・カタログを見て、私の悲しみは、さらに増幅する。
「品と格」・・・「ゴールドエンブレム」や「メッキミラーカバー」などは、登場時にはシンプル&ピュアだったこのクルマの路線とは、正反対の成金アイテムだ。
「最高級カーペットマット」は、なんと7万5600円!
国産車の多くの場合。登場当初クリーンなラインだったにもかかわらず売れなかったクルマは、マイナーチェンジで大抵ゴテゴテになってしまい、見るも無残になってしまう。
「老婆の厚化粧」と揶揄されたフローリアン。そして欧州調の丸みを帯びたラインを持って登場しながら、カクカクのペキペキなフロントマスクに変遷してしまったT11オースター&スタンザ・・・
最近は目に余る「改悪マイチェン」はあまり見かけなくなったが、「エリシオン」あたりは、いかがなものかと思われる。
ああ、アプローズよ。
どっちにしても売れなかったのだから、せめて貴方は、清楚な少女のイメージのままでフェイドアウトして、キレイな思い出になってほしかった・・・合掌。