すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

試食用小説

2015年04月01日 | 読書
 【2015読了】32冊目 ★
 『ショート・トリップ』(森 絵都  集英社文庫)

 これは、短編ということでなく掌編というのだろう。
 一編がわずか3ページ、あとがきで知ったことだが、「毎日中学生新聞」への連載からのピックアップ48編である。

 結局物足りないのは長さのせいなのかもしれない。もっと書き込んでほしいことが書かれていないような、はっきりせずに終わる、シュールなコントのような趣もある。
 もちろん、登場するものや人には象徴性があり、教訓めいたことを残しているふうもあるのだが、どうにも馴染めないままだった。

 あとがきで作者は告白していることに、思わず頷いた。

 一年間にわたる連載中は、とうとう最後まで一通も読者からの手紙が届かず、たいへん孤独でした

 この真偽のほどはともかく、なんとなくその反応は理解できるような気がする。

 著名な作家、しかも短編の名手と言われる作者に失礼ながら、自分ならこうするのに、と思いついたことを書いてみよう。

 「うまい、好きだ」と感じた、その作品の書き出しはこうだ。

 無職の人であり、試食の人であり、試食が主食の人でもあった丹崎城二郎。昨年十一月に他界した彼のことを、私はある使命感をもってここに書き留めておきたいと思う。

 「試食の人」という作品の、流れるような、そしてドラマを予感させられる文章である。

 ところが、「試食に次ぐ試食の連続」を描いたところまでは良かったが、バッシングめいたことにあい、晩年衰弱した彼が息を引き取ったのは明太子を口にしたとき、そしてその店の主人が「私」なのだ。
それだったら、その最後のシーンは劇的であってもそうでなくとも、詳らかにする必要があるのだ。
 
 力なく喉をくぐらせた後、す、と息を引き取った。最後の言葉は「あまり辛くない」だった。

 という見事な?エンディングがあるのだから、そこに至るまでの、店に入ってくる様子、見まわし、目をつけ、近づく足取り、目の方向、手の動かし具合、さらには対象となる明太子の具体的な描写、トッピング…
 なにもかも描かれていない。どうして店主が「使命感」を持ったのかも、伝わってこない。

 全然、足りない。
 まるで一口分しかないような作品ではないか。

 そうかあ、それをねらっているのか。

 この作品集自体が、試食用なのかもしれない。あれこれ試している…こんな結論づけしかできない。まさに試食用小説。