和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

弟橘の物語。

2013-03-19 | 本棚並べ
門田隆将著「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の500日」(PHP)が、本立てにあったので、この本から思いつく3冊。

美智子著「橋をかける 子供時代の読書の思い出」(すえもりブックス)
司馬遼太郎著「風塵抄二」(中央公論社)
「震災後のことば 8・15からのまなざし」(日本経済新聞出版社)

まずは、「橋をかける」から

「父のくれた古代の物語の中で、一つ忘れられない話がありました。・・・倭健御子(やまとたけるのみこ)と呼ばれるこの皇子は、父天皇の命を受け、遠隔の反乱の地に赴いては、これを平定して凱旋するのですが、あたかもその皇子の力を恐れているかのように、天皇は新たな任務を命じ、皇子に平穏な休息を与えません。悲しい心を抱き、皇子は結局はこれが最後となる遠征に出かけます。途中、海が荒れ、皇子の船は航路を閉ざされます。この時、付き添っていた后、弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)は、自分が海に入り海神のいかりを鎮めるので、皇子はその使命を遂行し覆奏してほしい、と云い入水し、皇子の船を目的地に向かわせます。この時、弟橘は、美しい別れの歌を歌います。

 さねさし相武(さがむ)の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君はも


・・・・・・・・
古代ではない現代に、海を静めるためや、洪水を防ぐために、一人の人間の生命が求められるとは、まず考えられないことです。・・・しかし、弟橘の物語には、何かもっと現代にも通じる象徴性があるように感じられ、そのことが私を息苦しくさせていました。・・・・
まだ、子供であったため、その頃は、全てをぼんやりと感じただけなのですが、こうしたよく分からない息苦しさが、物語の中の水に沈むというイメージと共に押し寄せて来て、しばらくの間、私はこの物語にずい分悩まされたのを覚えています。」

「震災後のことば 8・15からのまなざし」に
山折哲雄氏の語りがあるのでした。そこから犠牲について語っている箇所。


「近代化も含めて、文明というのは、生活の向上、豊かな社会を享受するように発達していったと思うんですけれども、その場合そこでは、必ず犠牲を伴うということが、政策なり、思想なりの前提になっていたと思うんです。犠牲なきところに文明の発達はなかった。それが『ノアの方舟』の物語に象徴的にあらわれています。神が人間の悪行を懲らしめるために、地上に大洪水をもたらす。ただノアだけは木の方舟をつくり、一族を乗せて生き延びることができた。地上に残された生き物はすべて息絶えて死んでしまった。旧約聖書の創世記にでてくるこの物語は、救命ボートと犠牲に基づく生き残りの物語です。それが、西欧文明の根幹を貫いている。日本人は戦後それに乗っかって、近代化に直進していき、豊かな社会をつくりあげてきた。ところが一方で、その進歩によって犠牲になった部分、犠牲になった人々のことを、考えることをしなかった。その余裕がなかった。
アングロサクソン流の考え方というのは、そうした場合、つねに、犠牲を意識していたと思うし、物事のすべては、それを前提にして考えている、そういう精神的な伝統の中で生きてきたのではないか。それだからだったと思うのですが、あの福島原発の事故が起こったときに、『フクシマ・フィフティーズ』というわれわれにたいする独特のメッセージが、でてきたわけでしょう。
あの言葉には、現場の作業員にたいして、命をかけてでも被害をくいとめてほしいという本音が隠されていました。だから、危険を顧みないで仕事にあたる五十人の人たちは、英雄であるとたたえたのです。あれは、犠牲を前提にしたメッセージだったわけです。あの話を、日本のメディアは、その後、扱わなくなった。・・・」(p130~132)


「風塵抄二」には持衰(じさい)と題した文があります。
そこには、弟橘媛にもふれながらも、こんな箇所がありました。


「日本は、英雄の国ではない。
アレクサンドロス大王やチンギス・ハーンを推戴し、その指令に従うという経験をもったことがない。戦前の軍隊でもそうだった。欧米の歩兵は将官が部隊の先頭近くにいるが、日本の歩兵の場合、後方もしくは中どころにいた。源平時代にさかのぼっても、そうである。
行政組織もそうだった。
たとえば、江戸幕府は武権でありながら、意志決定はつねに遅く、いつも衆議主義で、例外なく突発事態にはおろおろした。・・・
明治になってからの内閣制度も、首相一人に英雄的な大権限をもたせるというふうではなく、そのあたり、江戸時代に似ていなくもない。
【持衰】の気分になってみると、そのなまぬるさがよくわかる。・・・」

コメント
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