おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

さてどうする?

2005-07-15 22:12:29 | 平和
 コイズミさんは政治家としての誠意も何もないのでは。ただただ郵政民営化を通すことに執念を燃やす、駄々っ子としか思えない、今日の国会風景でした。コイズミ政権は早く終わって欲しいと思いました。
 今日の国会答弁。にやにやしながら、役人の文書を読み上げ、いい加減しろっ、てヤジが飛んだとたんに、じゃあ、もう答弁しない、丁寧に丁寧にっていうから答えたのに、と完全に居直りました。
 国会での質問時間は、どういうわけか、答弁の時間もこみで、質問者に与えられているようです。だから、だらだら答弁されると、質問者の時間がだんだんなくなっていく。それを知った上で、役人の書類を延々と読み上げるコイズミさんの態度。心なしか口元がほころんでいるような、コイズミさんでした。どこかおかしいと思います。国民をバカにしきった姿勢に、怒りすら感じます。
 それでいて、その審議中の国会の緊張感のなさ。全体的にざわざわして、まるで馴れ合い政治の感じ。これが選ばれた議員たちなの?。まさに選挙民たる国民の練度の低さが露呈された風景でした。投票率の低さ、関心の低さはひいては横暴な政治(家)の専横を許し、気がつけばどうにもならない状況に立ち至ることを、意識しなければならないと思います。
 さてどうする? このように密室政治のはびこる、日本の政治状況を変えていくには。
 一方で、栃木県の大田原市では、市立中学校の歴史教科書に「つくる会」の教科書が選定されました。もう大喜びの「つくる会」。この人たち、今度は、国語の教科書と英語の教科書をつくる計画のようですが。
 それにしても、今年の教科書採択は、「つくる会」の教科書が中心となって、進みそうな気配です。知事や市長が任命した教育委員。その教育委員会によって採択される仕組みが定着。学校現場や保護者の声など無視して、決めていく気配が濃厚になっています。
 その根拠は、組合などの一部の圧力団体には屈しないということらしいです。民主的な選挙で選ばれた市長。市民の信任を得た、その市長が任命した教育委員会が決めたのだから、文句はないでしょう。これほど民主的なやり方はないでしょ、と。
 「つくる会」の教科書を採用するよう、陰に陽に働きかけた政治家たちは、うまくやったとほくそ笑んでいる、そんな姿が目に浮かびます。
 しかし、この次の選挙に、今の市長と政治的立場を異にする市長が選ばれたら、どうなるのでしょう。任期満了になった教育委員に、自分の主義・主張に合った人を任命するようになったら、それこそ、市長の政治的立場によって、教科書がそのたびに変更される、そんな恐れすら生じます。早ければ4年ごとに。
 東京都だって、知事がイシハラさんじゃなくなればどうなるか。もし、イシハラさんの主義・主張を批判する人が都知事になったら、次の教科書採用はどの社になるのか、分からなくなります。それはそれで、正しいと思う人もいるでしょう。それでは、あまりにも楽観的すぎます。
 本来なら、そういう時々の政治(はっきり言えば、政治家個人の)主義・主張に翻弄されないよう、現場の声を聞きながら、保護者の声を受け止め、一番すぐれた教科書を選ぶのが、教育委員会のあり方であるし、また、子どもたちへの配慮というものではないでしょうか。
 まして、60年前の戦争を賛美し、国家に尽くすことを教え込む教科書。
 アジアにもヨーロッパにもアメリカにも目を向け、多様な価値観を持って、国際社会の中で生きようとする、これからの子どもたち。この教科書は、そうした子どもたちの明るい未来を育むものになり得るとは思えません。「つくる会」の教科書を読んで、そんな感想を持った小生です。これから、さてどうする?
 今、「教科書問題」を考えていこうとする人々が、勉強会や集会を開いて活動しています。明日もそうした会合が行われます。
コメント (2)
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