ロンドンでのテロ事件以来、日本でもテロ対策があれこれ言われている。地下鉄に爆弾が仕掛けられたらどうする? もし同時多発テロが起こったらどうする? 治安を預かる警察はどうするつもりか? また我々国民はどうすればよいか?
そうした議論の行く末は、反テロのための警備の強化と、日ごろからの不審者への警戒、いざとなったときの対処法などと、テロ攻撃を前提としての話が、どんどエスカレートしていく。特に、マスコミに登場する人物たちは、何だかそういう一種の躁状態あるいは、不安状態を醸し出すことに、己の快感を感じている連中のような気がしてならない。
ロンドンでも大惨事のあと、警戒も一段と厳重化し、捜査も厳しく進められている中で、また同時多発テロが起こった。まるで、捜査当局をあざ笑うかのように。日本でも、そうしたことから、ますますテロ警戒の為の保安措置みたいな事が、声高に語られる。エジプトでも大惨事があった。いつ日本でも起こるかもしれないと、危機感を煽る。
イスラム過激派・原理主義者の攻撃の的の一つに、日本が挙げられているのも確かだ。まして、昨日のような、東京の下町を中心に起こった、震度5程度の地震において味わった、電車・電話・ガス・エレベータなどの対応の不備、後手後手に回る官庁組織。これらを思うと、本当に日本には危機管理システムが弱いな、と感じる。それでまた、もっともっと、と危機管理体制の強化を図ろうとする、物心両面にわたって。
そして、またぞろ侃々諤々の議論が続く。しかし、待って下さい。地震はともかく、テロについては、なぜイギリスが標的になったのか、なぜ日本が狙われるのか、このことの本質は、米英軍を中心とする、イラクへの武力侵攻が発端でなかったか。
イラクを武力で制圧する、大義名分も全くなかった。そういうアメリカに追従して、自衛隊を派遣したことにあったのではないか。9・11以来、アメリカの威信を懸けた、アフガン制圧に引き続く、イラク侵攻への共同行動が今、テロの標的になっているのだ。イラクからの自衛隊の早期撤収を、大きな選択肢の一つにおくかどうか、そうした議論がまずなければならない。
それをおいて、反テロのみをことさら議論することは、ますますテロの標的になることを覚悟しなければならないだろう。
ロンドンでの犯人現場射殺(それも頭部を撃ち抜くという手荒な手法)は、実はテロに関係のない人物であったという。反テロの合唱の中で、基本的な人間としての想像力・スタンスを失ってはならない。そうした集団としてのヒステリー状態こそ、戦争を生む元凶だ。
そうした議論の行く末は、反テロのための警備の強化と、日ごろからの不審者への警戒、いざとなったときの対処法などと、テロ攻撃を前提としての話が、どんどエスカレートしていく。特に、マスコミに登場する人物たちは、何だかそういう一種の躁状態あるいは、不安状態を醸し出すことに、己の快感を感じている連中のような気がしてならない。
ロンドンでも大惨事のあと、警戒も一段と厳重化し、捜査も厳しく進められている中で、また同時多発テロが起こった。まるで、捜査当局をあざ笑うかのように。日本でも、そうしたことから、ますますテロ警戒の為の保安措置みたいな事が、声高に語られる。エジプトでも大惨事があった。いつ日本でも起こるかもしれないと、危機感を煽る。
イスラム過激派・原理主義者の攻撃の的の一つに、日本が挙げられているのも確かだ。まして、昨日のような、東京の下町を中心に起こった、震度5程度の地震において味わった、電車・電話・ガス・エレベータなどの対応の不備、後手後手に回る官庁組織。これらを思うと、本当に日本には危機管理システムが弱いな、と感じる。それでまた、もっともっと、と危機管理体制の強化を図ろうとする、物心両面にわたって。
そして、またぞろ侃々諤々の議論が続く。しかし、待って下さい。地震はともかく、テロについては、なぜイギリスが標的になったのか、なぜ日本が狙われるのか、このことの本質は、米英軍を中心とする、イラクへの武力侵攻が発端でなかったか。
イラクを武力で制圧する、大義名分も全くなかった。そういうアメリカに追従して、自衛隊を派遣したことにあったのではないか。9・11以来、アメリカの威信を懸けた、アフガン制圧に引き続く、イラク侵攻への共同行動が今、テロの標的になっているのだ。イラクからの自衛隊の早期撤収を、大きな選択肢の一つにおくかどうか、そうした議論がまずなければならない。
それをおいて、反テロのみをことさら議論することは、ますますテロの標的になることを覚悟しなければならないだろう。
ロンドンでの犯人現場射殺(それも頭部を撃ち抜くという手荒な手法)は、実はテロに関係のない人物であったという。反テロの合唱の中で、基本的な人間としての想像力・スタンスを失ってはならない。そうした集団としてのヒステリー状態こそ、戦争を生む元凶だ。