「検察の主張は、架空取引をしたのだから会計基準の議論をするまでもなく粉飾であるということらしい。ここで詳しく論じることはしないが、高裁判決は「本件各取引は実体を欠くとした原判決の認定判断は、論理則、経験則に照らし不合理であり、その事実誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである」と厳しく断じた。 ・・・
逆にいえば、会計処理は複雑なだけに、うそにうそを重ねないと粉飾の決算書は作りにくい。ある年に粉飾をしたら、翌年度はそのうそを前提に決算をしないといけない。高度経済成長期は、経営不振の年をごまかしても、すぐに業績が持ち直して、その利益などで過去のうそをごまかすこともできたというが、低成長のいまは、それも難しい。プロが決算書をきちんと分析すれば、ひとつのうその周りにいくつものうそがあることが見えるはずだ。 」
どういう事案か不明なので、断定的なことは言えないが、「架空」という表現を用いるのは危なっかしいし、「粉飾」と言う概念で論じるのも宜しくないと思う。
このことは、例えば、「在庫のキャッチボール」(キャッシュが入ればいいのか?)を考えると分かりやすい。
3月末決算のA社は、5月末決算の関連会社であるB社に対し、3月に1000万円で商品を売却し、1000万円の「売上げ」を計上した。
5月、B社は、A社に対し、3月に仕入れた商品を1100万円で売却し、「売上げ」を計上した。
この取引は、帳票の裏付けがあり、キャッシュの動きもあるとすれば、「架空」とは言い難いと思われる。
だが、少なくとも、金融機関の眼からすれば、これはまぎれもない「粉飾」である。
もっとも、これが経済刑法に抵触するものであるかどうかは法的な判断となり、その際、会計基準等が参照されることになるだろう。
会計学の専門家は、これをどう見るのだろうか?
こういう風に考えると、「架空」とはいっても、一筋縄ではいかない問題を孕んでいることが分かると思う。