年末だから第九を聴いてみた
といっても生ではなくてCD
本当は19.20日の名古屋フィルに足を伸ばして聴こうと思ったが
イマイチ気分が乗らずパス
この曲を聴くのにはタイミングと気力が必要だ
今日引っ張りだしたのは思いつきで
ジョン・エリオット・ガードナー 指揮
オルケルトル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティック
モンテヴェルディ合唱団
まず第一印象は、テンポがずいぶん速い
スリムとは言わないがスポーツカーのように先へ先へと進む
音も古楽器オーケストラでいつもよりいろんな音がよく聞こえる
そこでいつものように聴きながら連想したことをあげると
この曲を初めて耳にしたウィーンの聴衆はこの音楽が
古典派には収まりきらず、ロマン派に足を踏み出していることを
感じただろうなということ
だから古楽器できちっとした演奏をしているけど
ベートーヴェンの頭のなかで鳴っていた音とは少し違うような気がする
ベートーヴェンの頭のなかでなっていた音
現実には流れている音を聴いて味わうだけなのだが
調子がいいと(フルトヴェングラーの場合は特に)その音と波長が合って
まるで自分の頭のなかで音が鳴っているような気がする
そしてその音は、沈潜したり、思索的であったたり、構成的であったり
こうなると音楽を聴いているのか自分が何かしているのか
わからなくなるような(少し大げさかな)気さえする
幸い(?)この演奏はそんな忘我の瞬間は訪れない
あくまでも音響としての音楽
でもそれが悪いのではない
上質なエンタメ映画を見ている気もする
だから不満足というわけではない
でも、正直もっと良い演奏、良い体験はあるはずだ
と感じてしまう
もっとも、めったに聴かないと言っても何種類かで聞いているから
こんな独断ができるかもしれないが
第九は生では
新城で田中良和指揮の東京フィル(?)
アクトシティでロリン・マゼールの指揮で
レコード・CDは
カラヤン、バレンボイム、ラトル、ジンメル、アンセルメ
今日聞いたガードナーと御大フルトヴェングラーのバイトロイトとルッツェルンの演奏
探せばもう少しあるかもしれない
しかし、今日特に感じたことはベートーヴェンの頭のなかで鳴っていた音は
随分先に行ってしまっていた音なのだということ
(時代的にだけでなく、人が作りうる世界、その境地)
ところで、急に思い出したが、昔NHKFMで第九を弦楽5重奏だったか
8重奏だったかにアレンジしたものを途中から聞いたけど
これは思いの外良かった
特に第3楽章は後期の弦楽四重奏曲を髣髴とさせる感じで
晩年のトーンがにじみ出ていて、、、
この演奏を聴く機会があれば一度耳にしてみたいものだ