物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

マンデルブローの死

2010-10-31 12:53:28 | 数学

数学者マンデルブローの死(2010.10.14死去)が報じられたのはいつだったろうか。

最近彼のobituaryが朝日新聞に出ていた。マンデルブローはフランス風の名前のような気がするが、ポーランド生まれだったと思う。もっともいまではアメリカの数学者といっていいであろう。

フラクタル幾何学という自己相似な図形の幾何学が彼の独創である。もういまではなくなった、広島県竹原市の広島大学理論物理学研究所で高安秀樹氏からフラクタルの話を聞いたことが私にははじめであった。

微分は普通は整数階の微分しかないが、このときに整数階でない微分のことを聞いた。誰でもオヤッと思うようなことなので誰か偉い先生、木村利栄さんか横山寛一さんかが質問した。

もっともその答えは別に驚くことではなかった。日本ではフラクタル理論は高安さんが一番熱心に解説をして彼がフラクタルを日本に定着させた。この講義の直後に高安さんはマデルブローのところへ2年ほど留学された。

20年くらい昔にはアメリカの情報科学のオリジンは大抵ヨーロッパ出身のアメリカの自然科学者によるといわれていた。

その源はどこにあるかということが一時注目を浴びたが、これは結局ヨーロッパ的な教養が役立っており、それをアメリカという土地で開花させたということだと解釈された。

だから情報科学では広い一般教養を身につけるべきではないかという議論があった。いまは議論がどうなっているかは知らない。

第三の波のアルビン・トフラーにしても、マンデルブローにしてもヨーロッパ出身だったと思う。

カオスのメイとかローレンツはアメリカ人だと思うが、バックミンスターフラーはどうであったろうか。

八角形の建築構造物を推奨した彼は私の子どものお気に入りの学者というか建築家であった。バックミンスターフラーは私の子どもが一時熱を上げていたが、一般にはフラクタルとかカオスほどは広がらなかった。

カオスの前はカタストロフィー理論がもてはやされ、それを広めたのは日本では早稲田大学に居られた野口広さんとか京都大学の山口昌哉さんであった。

山口さんはそのうちにカオスの普及にずいぶんと尽くされた。初期の頃に、このカオスの理論を山口先生の愛媛大学での集中講義で聞いた。

ところが、このカオスの何たるかが、山口さんの日本評論社から出ている、講義録を読んでもよくわからず、今年の5月に亡くなった技官のOさんと苦労した。

メイの一次元写像を自分たちでパソコンで点を描かせてみてやっとその意味がわかったのであった。

今ごろは私たちのやったようなことを描いた図が多くのカオスの入門書に出ている。そういう書は私たちが試行錯誤した頃には少なくとも日本語で書かれた本にはなかった。

(注) どこか別のブログでも書いたが、戸田盛和、渡辺慎介著「非線形力学」(共立出版)だったかにこのメイの一次元写像を図示したものが出ているのをその後見かけた。私たちと同じようなことを考えたのかなと思って心強かった。

ちなみに渡辺慎介さんにはお目にかかったことはないが、私の甥の先生である。