世界のサッカーファンが熱狂するFIFAワールドカップ。2010年に向けて、すでに予選は始まっており、ファンの熱気もグローバル・レベルで高まっている。今回の開催国は南アフリカであり、すでにFIFAから、ヨハネスブルグの2会場の他、ダーバン、ケープタウン、プレトリア、ダーバン、ポートエリザベスなど、9都市10会場(うち4施設が新設・2施設が改修)を使用する決定が正式に発表されている。
これらの支えもあって、南アフリカはかつてない活況を呈している。ところが、最近ここにも予想外のことが起きてしまった。移民(外国人)労働者に対する襲撃事件が多発し、国内外の注目を集めている。すでに50人以上が犠牲になり、死亡し、数万人が家を追われたたと伝えられている。海外メディアが伝える実態を見ると、きわめて深刻だ。惨状という点では、チベット暴動を思わせるような状況だ。北京への道ばかりでなく、ヨハネスブルグへの道も壊れ始めた。南アフリカはその国旗からも「虹の国」rainbow country とも言われるが、虹の架け橋というイメージはいまやまったくない。
事件の背景は労働・人権問題にある。好景気にもかかわらず、黒人など国内労働者の失業率が高く、30%を越える。南アフリカはアパルトヘイト(もとは「隔離」の意味、有色人種差別政策)を1993年に全面廃止したにもかかわらず、貧富の格差が拡大している。多くの国民は、絶望的な貧困の中で暮らしている。特に、追い込まれた黒人貧困層の不満が爆発したのが今回の事態だ。急激に増加した外国人に仕事や家を奪われると、若者などが考えるようになった。発火点となったのはヨハネスブルグ郊外の旧黒人居住区だった。政府が移民労働者に先に住宅を供給したと思った住民が、外国人を襲撃し、殺戮が国中に広がった。
南アフリカ政府は軍隊を投入し、鎮圧に努めているが、収まる気配がない。 FIFA開催が決まってから、深刻な人手不足となり、ジンバブエ、モザンビークなど周辺諸国から多数の外国人労働者が流れ込んできた。その数は500万人、南アフリカの人口の10%にまで達している。日本で働く外国人労働者の数倍の規模だ。ヨハネスブルグなどの都市で働く建設労働者などの賃金はきわめて低いのだが、周辺諸国からの外国人労働者にとっては、1週間で1ヶ月分以上の水準になるため流入は絶えない。そして、彼らがいないと、経済活動も維持できない。
南アフリカ政府は、国内の暴徒を厳正に取り締まると表明しているが、襲撃の対象となる外国人労働者の不安は解消しない。ケープタウン、プレトリア、ダーバンなどでは、外国人労働者は警察の近くなどに避難し、テント生活をしている。帰国した者は一部に留まり、大多数は不安を抱えたまま滞在している。
多くの外国人労働者は母国に働く場所がなく出稼ぎに来たため、簡単に帰国する訳にも行かない。 これまで、南アフリカ政府は移民労働者を積極的に受け入れてきたが、受け入れ後の対応は外国人にまかせっきりできた。この事件で南アフリカ政府は動揺している様子だが、具体的対策はほとんど打ち出せずにいる。今回の襲撃事件を引き起こした根源、国内の貧困、格差解消にいかに対応するか。そう簡単に対応できる問題ではない。かつてはアフリカの星と言われた国だが、今やその輝きなく、地に落ちてしまった。
FIFAは今回の出来事に強い懸念を示している。現状ではとても開催できる状況ではないと思われる。アフリカにとどまらず、EU諸国でもイタリアのロマ人排斥など、ゼノフォビア(外国人嫌い)も強まっており、南アフリカで再び反外国人の動きが高まることを懸念している。
偶然とはいえ、世界的なスポーツ・イヴェントは、開催にこぎつけるまでに予想もしない出来事が待ち受けるようになった。いずれも少数民族や外国人労働者が発火点になっている。2016年オリンピック開催都市誘致で候補地のひとつに選ばれ、「登山口の入り口に立ったばかりだ」という石原東京都知事だが、「東京への道」は大丈夫?
BS1 2008年6月2日、「拡大する外国人排斥 南アフリカ」