時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

フェルメールとアメリカ

2008年06月17日 | 絵のある部屋
 

 梅雨入りを前に北方へ短い旅をした。退屈しのぎに機内で手にしたANA広報誌『翼の王国』(6月号)で、「アメリカの夢 フェルメールの旅」という一文を読む。といっても、実際にはこれから6-8月、3回に分けて連載される予定の第一回である。筆者紹介によると、福岡伸一さんという分子生物学者が書かれている。最近、『生物と無生物のあいだ』(講談社現代親書、2007年)という書籍で、第29回サントリー学芸賞を受賞された方のようだ(といっても、私はまだ読んでいないし、著者についても寡聞にして知らない)。

 このところのフェルメール・ブーム*で、またかという思いが一瞬頭をかすめたが、それだけになにか新しいことが書かれているのではと思い、読み進める。アメリカには、フェルメールのおよそ37点といわれる現存作品の実に15点がある。ワシントンD.C.に4点、ニューヨークに8点、その他に3点と分布している。どうも、著者のねらいは、このアメリカが所有するフェルメール作品を訪ねる旅にあるようだ。ただ、それだけでは、同様なテーマの書籍もあり、興味は湧かない。もう少し読むと、どうやらフェルメールの作品が大西洋を渡り、アメリカの画商や富豪の所有になった20世紀初頭にスポットライトが当てられるようだ。そして、同じ時期にはるばる太平洋を渡り、日本からアメリカにやってきた野口英世との関係に、テーマ設定がされるようだ。「されるようだ」というのは、まだ連載の1回目なのでやや見えないところがある。今回はワシントンD.C.の国立美術館 National Gallery of Art 所蔵のフェルメール作品が主たる話題とされている。

 どうやら、野口英世はフェルメールを見ただろうかという謎解きがなされるようだ。野口英世については、改めて記すまでもないだろう。日本銀行紙幣の肖像にも使われた日本の誇る偉人だ。年譜によると、明治9年(1876)に会津、現在の猪苗代町に生まれ、1900年に渡米し、特にニューヨークで20数年を過ごした。1915年に一時帰国した以外は日本に帰ることなく、1928年アフリカで研究対象の黄熱病に罹患し、51歳の人生を終えた。小学校の教科書にも頻繁に出てきた、世界を舞台に縦横な活動をしたスケールの大きな日本人だ。

 かつて、10代の頃、福島県土湯峠近くの温泉宿をベースに、近くの吾妻小富士、一切経山、吾妻山などに何度か登ったことがあった。その折、土湯峠から猪苗代湖側に降りて、野口英世の生家を訪ねたこともあった。土湯峠からは眼下に猪苗代湖などが光って見えたことが残像として残っている。吾妻スカイラインという回遊道路が存在しなかった時代である。そういえば、野地温泉から鬼面山、箕輪山、鉄山、安達太良山へと縦走したこともあった。安達太良山は今はロープウエイもあって観光地になっているようだが、当時は人影も少なかった。なんとなく、懐かしい気持ちも生まれてきた。

 閑話休題。福岡さんがフェルメールを野口英世は見ていたと推理するのは、可能性としては十分ありうることだ。このブログでも、メトロポリタン美術館がその初期からオランダ絵画の収集にきわめて力を入れていたこと、同館がいかにしてレンブラントやフェルメール作品を所有するにいたったかなどを記したことがあった。ニューアムステルダムの市民は、当然オランダの美術に大きな関心を抱いていた。しかし、野口英世がワシントンD.C.でフェルメールを見た可能性はきわめて薄い。

 野口英世の趣味のひとつが油彩画を描くことであったことは知られており、そのつながりから当時、ニューヨークの富豪の邸宅などに飾られていたフェルメール作品などを目にしたことは十分ありうることだ。野口英世はこの時代の多くの知識人がそうであったように、生活や研究のあれこれを子細に記録していたようだ。もしかすると、日記などに記されているのかもしれない。

 さらに、野口英世の趣味のひとつは油彩画であった。ニューヨークの邸宅で制作をしたらしい。野口英世の揮毫は見た記憶があるが、残念ながら油彩画は見ていない。しかし、この多忙な人物が油彩を趣味にし、ニューヨークに活動の本拠を置いたとなると、福岡さんの仮説はかなり確実に立証できそうな気がする。いずれ連載を読む機会があるだろう。楽しみにとっておきたい。

 19世紀末から20世紀大恐慌までのアメリカは、実にダイナミックで興味深い時代だ。次回には、フェルメール作品の取引に絡んだ今も残る画商ノードラーの話も取り上げられるようだ。読んでいる間に、脳細胞が刺激を受け、あの富豪たちと画商の駆け引きなどが目前に浮かんできた。画商デュビーンについても、いずれ掘り下げてみたい気がしている。


*  今夏から年末にかけて、東京都美術館で「フェルメール展」が開催される。
http://www.asahi.com/vermeer/

コメント
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