北京五輪の聖火リレーは、いまやまったく形骸化し、祭典を祝う儀式の意味すらなくなってしまった。メディアの注目度も激減した。カシュガルやチベット自治区のように、市民の外出禁止、厳重な警戒の下、観ることすら許されない聖火リレーなど、正常な状況では到底国際世論が認めないものだ。四川大地震への同情が、厳しい批判を控えさせているにすぎない。北京五輪でのテロ防止は、今や中国政府にとって最大の問題になったといわれるが、抑圧政策は必ずどこかで破綻する。厳戒体制下でのスポーツ祭典では、不満も鬱積しよう。急速に進むインフレ、1億数千万人といわれる農民工の現状など、中国政府にとっては圧力鍋の蓋が飛びそうな心配の種に事欠かない。不安をぬぐいきれない五輪となりそうだ。
続報となるが、FIFAワールドカップのホスト国となる南アフリカも、その運営能力が懸念されてきた。こちらの事態も深刻だ。元はといえば、経済の活況が移民労働者の増加を生んだことにある。それが物価上昇や外国人に仕事を奪われる不安に駆られた青年などによる移民労働者への激しい暴力的行動となって爆発した。一時は、収拾不能とみられたが、南アフリカ政府は軍隊などを動員し、抑え込み、暴力行動はやや収まったかに見える。しかし、一触即発の状態が続いている。
国際的世論などを憂慮した南アフリカ政府は、移民労働者をヨハネスブルグなどの大都市郊外に急造したキャンプへと移動させている。しかし、メディアが伝えるようにその実態は大変厳しいようだ。南半球は冬であり、暖房、給湯などのサービスも受けられず、病人が増えている。収容された移民労働者とその家族は、生活の場を追われ、テント生活を余儀なくされている。正確な数は不明だが、南アフリカには300-500万人の移民労働者がいると推定されている。その多くは近隣諸国からの出稼ぎ労働者だが、今回の暴力行動で少なくも60人以上が殺害され、多数の負傷者がいるという。暴力行為は沈静化しつつあるといわれるが、1,000人以上が拘留されたという。
ジンバブエ、モザンビークなどへ帰国する労働者も見られるが、帰る所のない者も多い。ジンバブエのムガベ大統領の虐政にみられるように、政権に反対する者に無差別に暴力をふるうなどの行為が広範囲にみられるアフリカの国々では、母国にも簡単には戻れない。残留している者に対しては南アフリカ政府は、国連、赤十字などの力を借りて、救済をしようとしているようだが、こうした危機への経験もなく、対応能力に欠け、膠着状態のようだ。今日まで沈黙を守っていたネルソン・マンデラ氏がジンバブエのムガベ大統領への批判的態度を表明したが、お膝元に火がついている状態では迫力もない。
南アフリカ政府は、移民労働者がキャンプにいられるのは2ヶ月が限度であり、その後は自分で生活の手段を見いだすか、帰国せよとしている。しかし、元の住居へ戻った場合、隣人たちから受けた暴力行為の恐怖が消えない。この国で生活の再建を図ろうとする移民労働者にとっては、都市の住居へ戻るのは恐怖感が強い。そこは彼らを殺害したり、暴行を加えた住人たちがいる場所である。失業や高くなる食料品、石油価格などにフラストレーションを抱いた貧しい南アフリカ人は、外国人を自分たちの仕事や住居などの希少な資源を奪う者と考えている。こうして刷り込まれた観念を是正するのは、簡単ではない。
中国とは違った原因だが、こちらもFIFA大会までの道程は急速に険しいものとなった。ひとたび「壊れた道」の修復には多大な努力が必要となる。
Reference
"After the storm". The Economist June 14th 2008
BBC News 2008年6月26日