上段グラフ:難民として認められた庇護申請者(千人)
下段グラフ:再定住できる難民(千人)
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われわれが住む世界は、さまざまな意味で急速に劣化しているようだ。自分たちに不利な司法決定は国際的な次元での裁定でも「紙くず」という国、すべて武力を誇示して強大国をも押し通すという国、ISのような従来の国家の概念では理解できない勢力の出現などもあって、一部には大戦前夜のごとき緊迫感すら漂うようになった。地球上のどこかで、いつもすさまじい争い、衝突が絶えない。事件はしばしば突発的に起きる。発火点は西欧、東欧から中東、南アジアへと拡大し、次は東アジアかもしれない。
戦火や迫害を逃れてさまよう人々の列は絶えず、国境の壁は急速に高まっている。国境のない国は国ではないと、今は亡きレーガン大統領はかつて言ったそうだが、出入国管理を司る「城門」も次第に閉じられている。筆者は一貫して、国境の開放は一方的には進行しないと述べてきたが、ようやくそのことが理解されてきた。
ヨーロッパがEXITで大激震を経験したこともあって、移民大国であったアメリカが抱える問題は、しばらくメディアの関心から遠のいていた。しかし、振り返ると、9.11以後、社会の分断化が進み、公民権法成立時、筆者が体験した時代よりも一段と荒廃が進んだ感じがする。自由の国アメリカの現実は、想像以上に劣化していることは間違いない。しかも、ヨーロッパ同様、状況は改善するどころか、一段と悪化する気配を見せている。前回記したように、オバマ大統領の目指した包括的移民法改革は、任期中に実現する可能性はなくなってしまった。一時は、この改革が実現すれば、時間はかかっても、アメリカの移民問題にはある程度、人権の維持・確保と論理の糸で結ばれるはずであった。しかし、主として共和党が議会でごねている間に、移民政策の検討は再び混迷の中へ戻ってしまった。その間に、アメリカ各地での銃乱射事件などもあって、アメリカのイメージも急速に低下した。人種、性別差別、貧富の格差が拡大している。
「不法移民」undocumented immigrants 送還問題 、多数の銃乱射事件、白人警官と黒人の対立など、アメリカはかつてない分裂の危機を迎えている。あの「公民権法」制定当時の熱狂はどこにいってしまったのだろう。アメリカ合衆国という国名に付された United' の誇らしげな文字が剥落しそうだ。すでに、Great Britain の ’Great’ も大きく揺らいでいる。それでも、戦争や政治的迫害などを逃れて、少しでも安住の地を求める難民・移民にとって、アメリカはまだ希望を託せる大きな拠り所だ。
アメリカはこれまで、世界各地からの難民、庇護申請者をかなり寛容的に受け入れてきた。第2次大戦後の時期をみると、ヨーロッパからの難民、庇護申請者にかぎっても65万人以上を受け入れてきた。1975年のサイゴン(現在のホーチミン)陥落の後には多数のインドシナ難民を引き受けてきた。
1980年のアメリカ難民法施行によって、アメリカはさらに300万人近い難民を受け入れた。世界のどの国をも上回る受け入れであった。世界食糧プログラムおよびUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)への貢献も大きかった。しかし、最近の難民支援については、アメリカはそのウエイトを大きく低下させた。年平均7万人を割り込んでいる。2015年、ドイツ連邦共和国が受け入れた150万人の水準と比較すると、あまりに大きな違いだ。
ホワイトハウスは、次の会計年度から難民の受け入れ予定数を85,000人(内1万人はシリア難民)へ増加させると発表した。しかし、これについても、受け入れが少なすぎるとの批判が出ている。政権末期のオバマ大統領は頑張っているが、任期も残り少なく、レイムダック化はいかんともしがたい。さらに、クリントン、トランプ両氏のいずれが大統領になっても、これまで紛糾してきた移民・難民改革が早急に改善の方向に進むとは到底考えられない。移民問題は、対応を先延ばしするほど、解決は難しくなる。とりわけ、後者トランプ氏が大統領として政権についた場合の状況は、今は想像したくない。
アメリカの移民改革が長年の課題であったにもかかわらず、ここまで来てしまったことについては、いくつかの理由が考えられる。オバマ大統領は、大統領選挙のキャンペーン過程から、移民法改革を掲げてきたが、就任以降は内外の課題に追われてか、移民改革への取り組みの姿勢が弱かった。さらに、任期後半には、移民、とりわけ不法移民に対する政策が上下院で党派間の抗争の材料とされてきたこと、9.11以来、難民とテロを企てる者を、ともすれば重ねて見てしまう風潮が一部に強まったたことにある。結果として、移民受け入れへの積極性は薄れ、むしろ警戒感が強まった。
移民、難民の認定審査も格段に厳しくなり、決定が下るまでに数年を要することも珍しくなくなった。それでも、庇護申請者の半数近くは申請が却下されるという。移民問題の専門家、弁護士などをよそおい、書類作成やロビイストとの交渉を請け負うとして、高額の報酬を要求する悪徳ビジネスも生まれている。こうしたブローカーなどの悪辣な行為は、アメリカのみならず、昨年来のEUにおける難民移動の際にも、大きな問題となった。
幸い、難民に認定されたとしても、その後の道は険しい。最低賃金で、劣悪な労働条件に耐えて、アメリカ人がやりたくない仕事に就き、新たな苦難の道を歩み続けねばならない。アメリカはこうした人々に支えられて今日に到った。しかし、今世紀に入って、未来を照らす自由の女神が掲げる灯火は格段に小さくなった。次の大統領にトランプ、クリントンのいずれが就任しても、近い将来に、アメリカの国境の門が近い将来再び開放へ向かうことはないだろう。歴史の歯車が逆転しているような時代となった。今はその行方を慎重に見定める必要がある。
自由の女神像台座に刻まれたエマ・ラザラス Emma Lazarus, 1883の詩文
References
*’Yearning to breathe free’ The Economist October 17th 2015
'The immigrant's fate is everyone's', by Viet Thanh Nguyen, TIME, July11, July 18, 2016
★PC不具合に加えて筆者の視力劣化のため、初掲の原稿に齟齬があり、一部加筆修正しました(2016年7月15日)。終わりの始まりのようです。