11月10日を境に世界は変わった。変化は人々の心の中で起きている。震源地は今度はアメリカだ。
アメリカ大統領選挙で当選がほとんど確実視されていたクリントン候補をトランプ候補が僅差でしのいで当選した。世界の著名メディアでこの結果を予測したものはほとんどなかったといわれる。当然、大きな衝撃が世界を走った。BREXITの予想外の結果に続き、世界は激震に揺れ動いた。どうしてこんなことになったのか。CBSのキャスターは自戒するかのように状況を伝えていた;「メディアやジャーナリストたちは、現実を見ていなかった」。彼らはいったいなにを見ていたのか。
10年前の2006年11月、ある経営者団体で小さな講演をしたことを思い出した。論題は『移民が引き裂くアメリカの行方』だった。人口に占める白人層の比率は傾向的に低下、黒人の比率はほとんど動かず、減少した白人層の分をヒスパニック系、アジア系が取って代わるという予測の構図を説明した。そして、その変化がアメリカ社会や政治の領域にいかなる変化がをもたらすかを推理して論じた。出席していたのはアメリカでビジネスの経験がある企業の経営者、元外交官などであった。しかし、移民の実態が生みだす人種構成の変化と、それにより社会が分断されるという話は未だ遠い将来のように思えたようだ。しかし、筆者はその前にアメリカ、カリフォルニア大学サンディエゴ校との間で日米移民調査*を終えたところで、アメリカの移民先進地域であるカリフォルニアでの実態変化を肌身で実感していた。
「数は力なり」
メキシコを中心に中南米からアメリカに入国審査を回避して入り込んでくる「不法移民」illegal immigrants、 言い換えると「入国に必要な書類を持たない移民」 undocumented immigrantsは、カリフォルニアを中心に南部諸州へじわじわと入り込んでいた。多くは南部における農業やサービス分野の人手不足を補う形であった。こうした越境者たちは最初は男子を中心に単身で働いていたが、年数の経過とともに配偶者を呼び寄せる、あるいはアメリカで結婚するなどで、家族の形を整えてきた。子供達も次第に成長し、学齢期に達し、なし崩し的に住居地域の公立学校へ入学していった。最初は、英語で行われる授業に苦労していたが、居住者の数が増加するとともに 、スペイン語の教師を要求するまでになった。
時が過ぎ、2016年11月8日、大統領選挙で当選したトランプ候補は選挙戦の途上で公言していたように、メキシコからの越境者を敵視し、アメリカに居住する不法移民(約半分はメキシコ系)を国外退去させ、国境にメキシコの費用負担(本国家族への送金に課税か)で壁を作ると述べ、アメリカ国内にいる正当な入国書類などを保持しないメキシコ人を怯えさせた。なかには、今のうちにカナダへ出国しようと試みている者もあるという。
メキシコ政府はアメリカに不法居住するメキシコ人に向けて、最寄りの領事館などで早急にメキシコ人であることを証明する書類を発行するので、手続きをとるように呼びかけている。
トランプ大統領が実際に公言していることを実行に移すかは定かではない。しかし、一度口にしたからには、かなりの程度、実行する可能性はある。オバマ大統領の時代と異なり、上下両院共に与党共和党が多数を占めるため、政治環境が有利になっている。司法長官には移民に厳しい考えを持つジェフ・セッションズが就任することが決まった。
世界中が混迷の霧に包まれている時代、いつまでウオッチャーを続けていられるだろうか。移民の旅は終わりなき旅路なのだから。オバマ大統領は自らの任期中に公約した移民制度改革をなしとげられなかったことを「正義へ弧を描く移民システム」と表現して、目的に到達する道が一直線ではない難しさを嘆いた。トランプ政権移行で移民制度改革の道はさらに厳しさを増す。
*桑原靖夫編『グローバル時代の外国人労働者: どこから来てどこへ』東洋経済新報社、2001年。