Standing Hippopotamus
Metropolitan Museum of Art
カバ立像、メトロポリタン美術館蔵
青という色に関心を持ち始めたのはいつ頃なのかは、よく分からない。ただ、青色にはどんな色調があり、いかなる顔料から作られるのだろうかということに興味を抱いて多少調べたことがある。その頃から前回取り上げた「プルーシアン・ブルー」と並び、「エジプシャン・ブルー」という名がついた青色があることに気づいていた。
後年、青色の歴史をさらに調べる機会があり、興味深いことがわかった。かつてニューヨークのメトロポリタン美術館を訪れた時に古代エジプト美術の部門で、小さなカバ(河馬 hippopotamus)の陶器置物(faience 乳濁釉のかかった装飾陶器*) が展示されていたことを思い出した。その後、ルーブル美術館、大英博物館などでも同様な置物に出会った。王のピラミットの副葬品だろうか。いずれもが美しいエナメルのような光沢のある青色であったことに気づいていた。概して blue azur と言われた薄い空のようで、光沢のある色だったが、濃淡もあり色調は厳密に比較できたわけではない。
古代エジプト人とカバの関係にも興味を持った。こうした副葬品が多数作られたのは、ナイル川沿岸にカバが多数生息し狩猟の対象となっていたらしいが、現代人が動物園などでイメージする以上に、かなり獰猛な動物であったようだ。貴人の墳墓にはその時代の様々なものが副葬品として葬られていた。想像だが、カバは当時のエジプト 人にとってかなり身近な存在だったのだろう。
カバはギリシア、ローマでも知られていて、その勇猛さで「河の中のライオン」ともいわれていたらしい。しかし、古代エジプト人がカバをなぜこのような美しい色で彩色し、後世の記憶に残したのかはよく分からない。カバという動物に何か特別に崇められるような意識を持っていたのだろうか。この陶器には、ナイル河の岸辺に咲いていたのだろうか、蓮の花、蕾が描かれている。
カバを青色で彩色したことについて、古代エジプトでは天然の鉱物顔料であるラピスラズリ、トルコ石は知られていたようだが、その供給は極めて限られていた。例えばラピスラズリは現在のアフガニスタンなどで産出した貴石であり、交易を通して伝わってきたと考えられる。
古代エジプト人はこの貴石の色に魅せられ、この神秘的な青い(蒼い)色を自らの手で作り出そうとしたようだ。彼らは、人工的に合成顔料を作り出すことに長けていた。推定700度以上の高い温度の火力を使い、天然には存在しなかった青色の合成に成功していた。錬金術のようなプロセスがあったと思われるが、現代人の想像を超える。19世紀ヨーロッパの陶磁器メーカーは、その製法を探索したが、なかなか分からなかったらしい。今日では、アレキサンダー・ブルーとも言われる緑青(ケイ酸銅カルシウム)に近い成分であることが分かっている。
これらの古代エジプトの美術品、装飾品などをみると、顔料ひとつをとっても、現代人がすぐには想像できないような化学的手法から生み出されていることが分かる。多数の試行錯誤の結果と思われるが、その美的感覚、豊かな創造力の源には改めて感嘆する。
Reference
*ちなみに、このカバの置物は”William” の愛称で親しまれてきた。古代エジプト中王朝 ca. 1961–1878 B.C. の作品と推定されている。材質は陶器用の粘土を含んでいないが、通常は陶器の範疇に入れられている。同博物館のショップでスーヴェニアとして販売されていたと記憶している。