時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

現代人はナチの負の遺産にいかに対するのか

2018年11月11日 | 書棚の片隅から


偶然だが、続けてナチ体制の宣伝に深く関わったヨーゼフ・ゲッベルスを扱った作品に出会った。ナチの宣伝相ゲッベルスの元秘書の回想録『ゲッベルスと私:ナチ宣伝相秘書の告白』と映画である。そして、BSドキュメンタリー「帝国のファーストレディ」(2018年11 月8日)を見た。新聞の番組見出しでは、「ナチの美魔女」とあった。後者で主人公のマグダはゲッベルスの妻として、ナチの狂気と恐怖の中に生き、そして自ら命を絶った妖しい雰囲気を持った女性であった。

ヨハンナ・マリア・マクダレナ・ゲッベルス、通称(マクダ・ゲッベルス、1901年 - 1945年)はナチス・ドイツの宣伝相ゲッベルスの妻であり、第三帝国の理想を具現した母親像を具現して生きた。自決したため、44歳という短い人生ではあった。平穏な時代であれば、ブログ筆者と一部は重なるかもしれないほとんど同時代人であることに気づき改めて戦慄する。

ブログ筆者の父親の書斎の片隅にゲッベルス『宣伝の威力』の翻訳があったことを思い起こす。戦後の混乱の中、ほとんど読むこともなく禁書のように処分してしまったことを残念に思うこともある。

ゲッベルスについては多少の予備知識もあり、その後の知識の蓄積で、かなり関心度は高かった。かつて見た映画で、どうしてこの貧相とも言える細身の男にドイツ国民が意のままに翻弄されていたのか、不思議に思った。幼少時の小児麻痺によって発育に問題があったゲッベルスは、小柄で足を引き摺り歩く、見栄えのしない風貌であった。それにもかかわらず、人を扇動する鋭い弁舌をもって大衆を思うがままに扇動し、ヒトラーとともに狂気の時代を築いたナチス最高幹部の1人であった。

マクダとゲッベルスの秘書であったブルンヒルデ・ポムゼルという2人の女性については、ほとんど知識がなかった。2人ともヒトラーおよびゲッベルスというナチの中枢に最も近いところにいた。

かつて見た映画で妻マクダはゲルマン系の金髪の美女、そしてたくさんの子供を産み育てる、ナチのプロパガンダ通りの模範的な女性像を誇っていた。

マクダはヒトラーがご執心だったようだが、ゲッベルスとの結婚に賛成し、立会人を務めていた。ゲッベルスはナチ体制の広告塔であったが、マグダはそれを支える最大の柱だった。妻子のいなかったヒトラーの愛人エヴァ・ブラウンが、最後まで大衆の前に姿を現さなかったのに対して、マグダの動向は、大衆の注目するところだった。

1945年4月20日、ソヴェート赤軍がベルリンに到達し、『ベルリンの戦い』が始まる。22日、マクダは6人の子供を伴って、総統地下壕に避難してきた。子供達は着弾の音に怯えながらも耐えていたようだ。まもなく訪れる最後の日を知っているマクダは子供たちにことさら明るく振る舞い、歌を歌わせる。他方、自らは急速に鬱屈した表情に陥っていく。

1945年4月20日、ソヴェート赤軍がベルリンに到達、『ベルリンの戦い』が始まる。ゲッベルスはひたすら自分の書類や日記の整理をするだけだった。29日、ゲッベルス立会いのもと、ヒトラーはエヴァと結婚し、その後間もなく2人は自殺する。

ヒトラーの遺言により首相に任命されたゲッベルスは、ソ連に条件付き降伏を願い出たが拒否され、無条件降伏を迫られて交渉を断念した。ゲッベルスは地下壕で家族と自決する覚悟だった。

5月1日、医師の助けを借りながら、マクダは6人の子供たちにモルヒネ入りのココアを飲ませて眠らせ、青酸カリを投与して殺した。映像が残っているだけに、不憫で衝撃的だ。マクダは生きながらえても、ナチの重荷、ゲッベルスの子供という負の遺産が、一生子供たちを苦しめるだろうと考えていたようだ。そしてゲッベルスとマクダは戸外に行き、服毒あるいは銃殺により心中、遺体には隊員にガソリンをかけさせ焼失させたが、不完全なままに残った。夫妻の黒焦げの遺体と子供達の遺体も道路上に並べて放置されている写真が残っている。これが第三帝国の最後を象徴するものとはいえ、慄然とする。

他方、ポムゼルはゲッベルスの秘書として働き、昨年2017年2月に死去するまで、103歳の人生を生きた。ゲッベルス夫妻や子供たちとは異なり、絶頂と破滅・弾劾の二つの時代を生きたのだ。「なにも知らなかった私に罪はない」という彼女の言葉は、ゲッベルスの秘書であったという役割の重みからすれば、自己弁護としてはあまりに卑屈、卑怯にも聞こえる。全てを知っていたのではないかという声が聞こえてくる。マクダとは異なり、生きることで針の筵の時間を長引かせたともいえる。彼女の生き方を非難・指弾することはたやすい。しかし、それは自ら責任をとることを避けることが多い現代の我々の生き方に重なってくる。折しも2020年の東京オリンピック開催に無批判に突き進んでいる時流に何か恐ろしいものを感じている。メルケル首相は、反ユダヤ人の動きが目立っていると警告している。


ブルンヒルデ・ポムゼル+トーレ・D..ハンゼン『ゲッべルスと私』(監修:石田勇治、翻訳:森内薫+赤坂桃子、紀伊国屋書店、2018年)

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