(前回の続き)イーリーまで来ながらこの地の壮麗な大聖堂 cathedralのことに触れずにいないわけにはゆかない。この大聖堂はその美しさと規模によって、世界中の教会関係者はもとより建築家や歴史家によって多くの尊敬と賛辞が与えられてきた。実際この壮大、華麗な大伽藍を目にすると、そこに注がれた人間のエネルギーと信仰の力の偉大さがひしひしと伝わってくる。
イーリーは現在でも人口2万人足らずの小さな町である。大聖堂の存在が地域を圧倒している。起源はノーザンブリアン王の妻エテルドレダ St Etheldredaが彼女の修道院を673年にこの地に建てたことに始まる。修道院は200年近く栄えたが、デーン人によって滅ぼされた。しかし、幸いベネディクト派によって970年に再建された。
現在の大聖堂の大きな輪郭は、1081年ロマネスク及びノルマン建築の流れを汲んで構想されてきた。その後長い年月をかけて、拡大と再構築の努力が続けられた。
1996年に「大修復」”Great Restoration” が、1200万ポンド以上の資金を投じて始まり、2000年に完成した。かくして、大聖堂は21世紀を新たな威容を持って迎えることになった。この教会のひとつの特徴は、壮大な建築物と併せて、長年にわたり蓄積された建物装飾などの教会美術、さらに音楽、とりわけ歌唱コーラスの充実で知られてきた。
1300年以上の年月を超えて、この大聖堂はイギリスのみならず、世界にその美しさと壮大さで知られてきた。 11世紀のカヌート王以来、歴代の王や聖人さらにはオリヴァー・クロムウエルにいたるまで多くの人々が関わり、その歴史が彩られてきた。
かつてこの地を訪れる度に書き記したメモもかなりの量になったが、しばらく放置しておいた間に記憶が薄れ、再現に時間がかかる。今甦る記憶の二、三だけ記しておこう。
Octagon の木材骨組み構造(単純化した構図)
Octagon
大聖堂はその美しく壮大な外観、ネイブ nave 身廊と呼ばれる正面入り口、拝廊 narthex から内陣 chancel までの長い空間の美しさ、さらに内部に入ると the Octagonと言われる八角形の塔(右下図中央円形部)の威容がみる人々を圧倒する。床から上空の先端まで40メートルはある。
そして、1349年に完成した大聖堂の一部であるレディ・チャペル Lady Chapelは、この形式の建築としては、イギリス国内でも最大の建造物とされ、その美しさと相まって世界中から人々が集まる所になっている(Lady Chapelは下掲図右上突出部)。
Lady Chapelの音楽
このチャペルはおそらく14世紀中頃につくられたと推定されているが、大変美しいことで知られている。
イーリーの大聖堂を訪れるようになってから何度目かのこと、一番奥まった所にあるレディ・チャペルを訪れた時のことである。小さなゴシック風のチャペルだが、大変魅力に溢れた一室である。大聖堂はこの地の宗教そして最大の観光の目標となっていながら、パリやロンドンのような大都市ではないこともあって、観光客の数は少ない。
このチャペルに入ったところ、どこからか、チェロの音が聞こえた。邪魔をしないよう静かに入ってみると、最奥の窓際でひとりの若い女性がチェロを弾いていた。多分音楽学校の生徒でもあるのだろう、楽譜を前に練習しているようだった。チェロの音は美しくチャペル一杯に響いていた。私たちが足を踏み入れた時には他には誰もいなかった。演奏の邪魔をしないよう、片隅でしばらく美しい旋律を楽しんだ後、静かに退室した。
ステンドグラス
この大聖堂は多くの美しいステンドグラスで飾られていたが、年月の経過とともに、さまざまな理由で破壊され、ほとんど残っていなかった*。
ステンドグラス
この大聖堂は多くの美しいステンドグラスで飾られていたが、年月の経過とともに、さまざまな理由で破壊され、ほとんど残っていなかった*。
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N.B.
* イーリーに残るステンドグラスは封建期のものは少ない。残存しているもので最善と言われるのは Lady Chapel で見ることができる。この大聖堂が誇るものは、1840-60年代のヴィクトリアン・グラスと言われる多数の作品であり、その多くは司教座聖堂参事会員CanonであったEdward Sparke が司教であった父親の遺産を寄贈したものである。1845年、エドワード・スパーク の尽力で、教会全体にかつてのステンドグラスの輝きを取り戻したいとの願いが強まった。そして、その後世界中からの多くの寄付、募金などによりその願いは実現した。
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ステンドグラスなどによる教会全体の改修、整備はその後も続き、今世紀になっても継続した。
1972年にはステンドグラス博物館が建造され、全国そして海外の教会で改修や取り壊しなどで不用とされたステンドグラスがここに集められ、展示されるようになった。貴重なものは、内外の博物館などから貸し出され展示されている。
さらに、この大聖堂の魅力は、長年にわたり蓄積されてきた教会音楽、特に聖歌隊の素晴らしさである。ステンドグラスを含めて長い歴史を感じさせる装飾美を鑑賞し、清麗な讃美歌を耳にしていると、世俗の世界の苦悩が洗い流されてゆく思いがする。
Reference
The Ely Cathedral Home Page:
https://www.elycathedral.org/