ジョルジュ・ド・ラ・トゥール真作に基づく模作《聖アレクシスの遺骸の発見》
油彩・カンヴァス 1.58x 1.15、ナンシー・ロレーヌ歴史美術館
ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの真作に基づく模作《聖アレクシスの遺骸の発見》
1.43 x 1.17 油彩・カンヴァス、ダブリン・アイルランド国立美術館
上掲の2点の作品は、いずれもラ・トゥールの真作に基づく模作とされている。真作の制作年次は1648年末頃と推定されている。真作はロレーヌのラフェルテ総督にリュネヴィル市から1649年の新年に贈られたものとされている。しかし、この真作は発見されていない。上に掲げた作品は、この真作に基づき、ラ・トゥールの工房あるいはエティエンヌの手になるものではないかとされている。しかし、その推定根拠は弱く、ラ・トゥールの真作との推定も消えてはいない。作品の含意については、本ブログでも以前に記したことがある。
ナンシーの歴史美術館が所蔵している作品は、残念なことに作品下部が切り取られ、別の部材が上部に継ぎ足されている。この作品は真作ではないかとも推定されているが、決定には更に科学的調査が必要なようだ。作品の構図は他の画家を含めて例が少ないが、この主題はローマのPietrona da Cortona、そしてパリのClaude Mellan、そして多くの地方画家が試みたことが知られている。聖アレクシスに関わる逸話は、当時はよく知られていた「黄金伝説」に記載された話に由来するとされている。興味深いことは同様な逸話が、ヴィックで地域的な尊敬対象として崇拝されていたベルナルド・デ・バーデ Bernard de Badeについて残っている(ヴィックに銅像が存在)(Tuillier 1995, p.218)。ラ・トゥールがこうした状況で、アレクシスに関わる逸話を制作対象にイメージしたことは想像できる。
敬虔な信仰の対象としての聖人が秘かに亡くなっていたことを発見した若い従者(小姓)の真摯な尊敬の念に満ちた表情が見る人に迫ってくる。松明で闇を切り裂いたような厳粛な張り詰めた空間である。
ラ・トゥールの特徴のひとつである衣装の描写の美しさは、ここでも遺憾なく発揮されている。聖人の纏った外衣、従者の明るい胴着などが、松明の光に照らされて絶妙な美さである。構図は同じでありながら、画家は様々な実験的な試みをしているようだ。
松明の光度が強い下段の作品(ダブリン版)では、聖人、従者の表情が一段とクローズアップされている。他方、上段の作品(ナンシー版)では、光度が抑えられている反面、陰影の効果が絶妙である。ナンシー版は、従者の頭上に空間があり、松明の光量が抑えられていることもあって闇の深さが際立っているといえる。他方、ダブリン版は聖人と従者の表情がより明瞭に描き出されている。
この作品は真作ではないとの評価がなされているとはいえ、きわめて美しい作品であり、ブログ筆者としてはこれぞ真作と思いたい。とりわけ、背景の闇を描いた黒色の美しさについては、パストロウの色シリーズでも黒色(Black)が使われた象徴的作品として表紙に使われている。
作品の購入者などが、観る者の集中度を強めるために、作品の一部を切断したり、後付けをすることは、この時代では珍しいことではなかったようだ。画家の製作意図がこうした行為で歪められてしまうことは大変残念なことだ。
続く