
Source: The Economist March 1st 2025, p.19
トランプゲームと化した覇権争い
アメリカにドナルド・トランプ大統領が登場して以来、世界には「取引」dealというかつてない浅薄な考えが横溢するようになった。人命に関わる人道的案件も、「取引」で中止あるいは継続を決めるという浅薄な考えが横行している。
この状況を具象化した一枚のカートン(風刺マンガ)を見た。それぞれに異様な表情をしたトランプ*、プーチン、周近平、サウジアラビア国王、そしてフォン・デア・ライエン欧州委員会委員長などがカリカチュアされてテーブルを囲んでいる。世界の運命がこれらの人物のゲームの結果によって定められるとは許し難いのだが。よく見ると、ゼレンスキー大統領の顔はない。当事国の運命は、他国が握っているのだ。
* trump 「切り札」の意味 骨牌、カルタ
トランプ大統領は、ウクライナでの戦争について、「ロシア軍は多くの領土を奪取したので、カードを持っている」と述べている。この自信過剰で感情の起伏の激しい大統領は、賭け金も沢山持っている。
トランプ・ゼレンスキー両大統領の対談では、トランプ大統領の強圧的威嚇の姿勢がウクライナを脅かした。あのホワイトハウスでの口論の結果は、世界に同時に伝えられ、ウクライナにひどく厳しく思えた。しかし、そのやりとりがあまりに露骨すぎたので、帰国したゼレンスキー大統領への同情が募り、彼への支持が増加した。ウクライナはヨーロッパの同盟国の同情もあって、ドナルド・トランプの威嚇をなんとかかわしている。カードゲームの常として、テーブルの舞台は瞬時に変わるのだ。
ゼレンスキー大統領に冷たく対したアメリカだが、ウクライナの将来へ利害関係を留保したい本音も垣間見える。帰国したゼレンスキーには瞬時にヨーロッパ諸国の同情が示された。西洋版判官贔屓とも言える予想外の展開に、トランプ大統領は、いささか慌ててウクライナ側へ傾いている。3月11日、ウクライナは、アメリカとの取引で30日間の停戦案に合意するとした。ただし、プーチン大統領が同時に停戦に合意するとの条件だ。アメリカは一時は止めた軍事支援と情報共有を再開した。
ウクライナは停戦協定へのアメリカの仲介に謝意を表して、ひとまず批判をかわした。ゼレンスキー側は、耐え忍び、冷静さを保っている。トランプ大統領は、ゼレンスキー大統領をホワイトハウスへ再度招く考えもあるようだ。
かくして、ボールはロシアに投げられた。プーチンは多くの要求を前にAIに解かせたい心境だろう。プーチン大統領は渋々合意するだろうか。のらりくらりと停戦を延ばしたいのではないか。
必要な停戦とその後
トランプ大統領は早急な停戦を急いでいる。ウクライナへの過大な要求は引き下げないのだろうか。プーチンは合意を遅らせたいように見える。いま停戦すれば、多くの難問が一挙に露呈する。占領地域はなるべく増やしたい。帰国してくるトラウマを負った兵士たちの処遇をどうするか、名案はない。アフリカに軍隊を派遣し、傭兵として活用するか。二転三転する関係国の立場と雰囲気に、プーチンは内心かなり動揺しているだろう。
トランプ大統領は、イスラエル・ハマスの停戦にも加担しているが、こちらも時間が経過するとともに、問題の複雑さが露呈している。ガザと中東全体の将来に関する議論は難物だ。
リゾート建設を掲げて、パレスチナ人をガザから追い出す案も見通しは厳しい。ハマスはパレスチナとイスラエルとのより広範な合意に達する試みを妨害したい。ネタニヤフ首相は権力の座に止まり、刑務所には入りたくないだろう。内心でパレスチナ人の弱化、分裂を望んでいるのだろう。
次なる難問:中国との対決
アメリカのトランプ大統領としては、ウクライナ停戦が一段落すれば、次に究極の難問である中国との対決に目に見えた結果を見せたいのだろう。図らずも6月15、16日に誕生日が来るロナルド・トランプ、周近平の両者の対談をアメリカへ周近平氏を招待することで実施するのかもしれない。しかし、何を議題とするか、これも難問だ。
トランプ関税政策の評価
パレスチナ、ウクライナでの停戦を操りながら、トランプ大統領が大きな政治・経済上の武器としたい関税政策は始まったばかりだ。アメリカが輸入するすべての鉄鋼、アルミニウムに3月12日から25%の関税をかけることを明らかにした。日本の関連製品も例外なく対象となる。
トランプ大統領はカナダには50%を課税すると一時は示唆したが、カナダ・オンタリオ州が報復措置を発動したために、半日足らずで撤回した。オンタリオ州には相対的に安価な水力に依存する発電所がアメリカへ電力供給をしている。やはりUS スチール、ALCOAなどを残したいと思う「アメリカ・ファースト」的配慮が課税を思い止まらせるのだろう。
高い関税の壁で分断された世界は、資源の適正配分を著しく損なう。世界経済はその修復のために多大な時間と犠牲を費やすだろう。
これまでのトランプ大統領の主導する「取引」ゲームを見ている限り、初動は迅速に見えるが、それが波及し生み出す結果に慌てて引き下げるなど、いかにも安易な危うい挙動に見える。もちろん、トランプ大統領としては起こりうる反動、反発を予期してはいるだろう。しかし、アメリカ、カナダの対決の例に見るように、両国間には要らざる反発、対立を引き起こすだろう。
世界を主導するべき国々が、著しく小さくなった世界の近未来にいかなるヴィジョンを持っているのか。判断を誤れば、世界に破滅的事態を招きかねない。世界の未来は「取引」ではなく、危機に瀕する世界を救う「知的で良心に裏付けられた真摯な対話と協調に根ざした政策」の展開が必要ではないか。しかし、その日は見えて来ない。

カラヴァッジョ《カードゲーム:イカサマ師》