今年初めて乗ったタクシーの運転手さんが、年末、年始の感じが薄れて、年が改まった感じがしないのですよと話していた。なるほど、そうだなと思ったのだが、一寸「改まる」という言葉の意味に気になることがあって、帰宅して『広辞苑』(第六版)を引いてみた。「あらたまる」(改まる・革まる)とあって、
(1)新しくなる。「年が-・る」
(2)一転、あるべき状態にもどる。改善される。
(3)ことさらに容儀を正す。
(4)(「病革」 の訓読にもとづく)病気が急に重くなる。「病勢-・る」
と記述されていた(用例一部省略)。
辞書を引くまでになったのは、どうも最近の世界の動きをみると、「新しくなる」という意味よりは、事態が悪くなるという意味で(4)番目の語感が意識の底で強まっている感じがしたからだと多少納得した。
TVのニュースをみると、パリの新聞社が7日、テロリストに襲撃された惨状を報じていた。あの9.11以来、テロリズムは辞書から消えるどころか、かなり頻繁に目にする言葉となった。フランスのTVで批評家が小さなテロでも社会的反響を生み、それが次のテロを生みだす雰囲気を作っているとの論評をしていた。オランド大統領が、1月8日を国民が喪に服する日とすると述べていたが、これほどテロが増加すると、服喪の日ばかりになってしまう。年末のブログに記したように、世紀の区切りも希薄になっているが、21世紀になってからは、自然現象を含めて、世界のなにかが極端に振れだしている感じがする。
年末、年始に多少世界の行く末を考えさせてくれる材料も、今年は種切れの感がある。「生誕」を祝ってはるばるベツヘレムへやってきた「東方の3博士(王)」も、この混迷した時代に説得的な力を示せないようだ。The Economist誌の記事も「諸王のもたらす神秘的な意義がどうも失われていると思う諸氏は、頭をめぐらすにより意義深い三つの次元があることをお知らせしたい。それはすべてを包括する過去、現在、未来に思いを寄せることだ」と*。まるで落語の落ちを聞かされた思いだった。
*
"The rule of three" The Economist, December 20th 2014.
ご連絡ありがとうございます。
年月の経つのは早いですね。皆さんと一緒に旅行したりした日々のことなどを思い出します。
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今年が皆さんにとって良い年でありますように。
1年前の秋にフランスに行ってまいりましたが、グローバル化が進み、国内の工場が次々と閉鎖される状態になっています。ユーロ導入時のあの高揚が絶え間ないいらだちへと変化しているようでした。
ホテルでさえもセキュリティーを強化し入る人を選択していました。扉はますます狭くなりつつありますが、希望は持ち続けていたいものです。
お久しぶりです。コメント有り難うございます。
お気づきの通り、EUは平衡感覚が揺らいでいて危うい感じがしています。広い視野で設立の原点と理想を見つめなおす必要があるように思います。