時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

『ジャマイカ 楽園の現実』の語るもの

2005年08月26日 | グローバル化の断面


「ジャマイカ:生活と負債」    輸出特区、衣服工場で働く労働者

ジャマイカのイメージは
  ジャマイカと聞いて思い浮かべるイメージはなんだろうか。カリブ海の楽園、美しい海岸と山々、レゲエ、ブルーマウンテン、ボーキサイトなど・・・・・。どれもそのとおりである。近年は日本からの旅行者も増え、新婚旅行の候補地に選ぶ人もいる。外側からみたジャマイカは実に美しい。確かに地上の楽園であるかに見える。しかし、この映画『ジャマイカ 楽園の真実』Life and Debtが描き出した現実は、そうしたイメージは、この国の一面でしかないことをわれわれの前に鋭く突きつける。
  経済的に自立するには、IMFなどの国際機関からの融資などに依存しなければやってゆけない国の現実、そしてそのために課せられる重荷がどれほど厳しい対応を人々に迫るものか。経済のグローバリゼーションがこの小国をいかに痛めつけているか。この映画は楽園の裏側をまざまざとわれわれの前に映し出す。そして、その現実は第三世界の国々の多くにみられる実態でもあるのだ。 

石油危機とIBAの成立
  ジャマイカは1962年にイギリスからの独立を果たした。そして、希望に満ちた未来に出発するはずであった。しかし、出発点から苦難の道であった。1980年代初め、前マンレイ首相(人民国家党)の政権時に、多国籍企業の研究に関連して、ジャマイカの政治経済に関する一連の調査に携わったことがあった。国際金融機関や多国籍企業の押しつける難題と闘いながら、自立を図ろうとする心意気に感動もした。今回のグローバリゼーションの影響がもたらしたものとは、少し違った意味で大きな衝撃を受けた。マンレイ首相は1987年に没したが、映画でも政権成立直後にIMFと融資契約をしたのは政治的人生で最大のトラウマであったと回顧している。

  第一次石油危機後のOPECの成立は、天然資源を唯一の頼りに自立発展を図りたいと考える第三世界の国々に希望を与える動きであった。外国企業に自国の天然資源の採掘権を与えたが、その結果としての利益は、ほとんど自国のものとはならないで、貧困のままに取り残される第3世界が自立を目指す初めての組織的戦略であった。ある調査団の一員として、成立したばかりのOPEC本部を訪れた時、それが街中の商業ビルの2階の一隅であったことに、ある種の感動を受けた。
  これに触発されて、1974年には世界のボーキサイト産出国が国際ボーキサイト協会(Internatiaonal Bauxite Association: IBA)を設立し、その本部はジャマイカに置かれた。とりわけ、当時はこの国唯一の競争力の源泉になりうるコーヒーやボーキサイトなどの天然資源を、欧米の多国籍企業に支配されることによって生きて行かざるをえない小国の実態が強く私の頭脳に焼きついていた。その制約から少しでも離脱しようと、マンレー首相は多国籍企業や先進国政府などを相手に精力的に活動した。

  その後しばらく、仕事での関心対象も変わり、ジャマイカについてさらに立ち入ることはなかった。しかし、この映画によって、再びジャマイカに代表される第三世界がかかえる深刻な課題に、以前に増して再び大きな衝撃をうけた。
  
  『ジャマイカ 楽園の真実』は、ジャメイカ・キンケイド*の多くの賞を受賞したノンフィクション、『小さな場所』(平凡社)のテキストを引用しながら、アメリカ及び欧米諸外国の経済政策によって、日々の生存のための手立てを限られてしまったジャマイカ人たちの状況に焦点を当て、その実態を迫真力をもって描き出している。 

アメリカ・国際機関に依存する現実
  映画は、旅行者たちが島に到着するところから始まる。美しい光景の前に流れるキンケイドのテキストの詩的な字幕は、次第にただならぬ切迫感を伝えてくる。絵のような美しさの裏面に隠されたこの国の植民地としての過去の遺産から、現在の経済的な困難までを見事に理解させる。たとえば、旅行者の食べるおいしい食事の素材は、ほとんどがマイアミから運ばれてきている現実など・・・。衝撃的事実が紹介される。食料まで、北米市場によって支配されているのだ。
  前首相のマイケル・マンレイが独立後のスピーチで、IMFを非難する記録映像が紹介される「ジャマイカ政府は、私たちが自分たちの国でなにをなすべきかを指図する誰をも、またなにをも受け入れないだろう。なにより、私たちは売り物ではないのだ。」

マンレイ首相の苦悩
  マイケル・マンレイは、IMFとは無関係に1976年に首相に選出された。1977年、ほかに現実的な経済的独立のための選択肢がなかったため、彼は最初の融資契約をIMFから取り付けざるを得なかった。マンレイは長期の融資返済を希望したが認められず、短期融資を強いられ、高金利と「構造調整政策」という厳しい足かせを課せられた。現在、ジャマイカは海外の融資機関の中でも、IMF、世界銀行、及び米州開発銀行(IDB)に、450億ドルもの負債を負っている。これらの負債は、かつては有意義な発展を約束するはずのものだった。しかし25年近い年月が経過した今日、現実には利子を支払うに見合うはずの外貨と、それに付随して課せられた構造調整政策は、とてつもなく大きな数のジャマイカ人にマイナスの影響を与えている。
  ジャマイカは、歳入よりも多くの増え続ける負債を支払い続けているのだ。そしてもしIMFなどの査定基準に達しなければ、再交渉の際に要求される構造調整政策はさらに厳しくなる。支払いとのバランスを取るため、通貨切り下げ(これは外貨のコストを上げる)、高金利(貸方のコストを上げる)、賃金のガイドライン(地元の労働賃金を見事に低下させる)が定められた。
  IMFは金利の引き上げと政府支出の削減が、財源を国内消費によるよりも個人投資によるものに変化させるだろうと想定した。それどころか、賃金を低く抑えることが、雇用の増大と生産の増加につながるだろうと考えたのだ。実態を十分理解していないIMFスタッフの得意げな話。しかし、現実に展開した失業の増加、汚職の蔓延、高文盲率、暴力の増加、食品価格の高騰、病院施設の荒廃、貧富の差の増大などは、今日の経済危機のほんの一面に過ぎない。 

グローバル化の中で
  自由貿易地域(フリーゾーン)では、法定最低賃金の週30U.S.ドル(1200―1500ジャマイカドル)で、週に6日アメリカ企業のために縫製をする労働者たちがいる(冒頭の画像)。キングストン港には、外資の衣料会社が安い賃貸料で借りられる厳重警備の工場が立ち並んでいる。こういった工場には、外資企業が素材の船荷を関税なしで運び込め、加工し、ただちに海外の市場に輸出できるという特典もつけられている。そして、1万人を超える女性たちが、外資企業のために標準以下の労働条件で働いている。
  ジャマイカ政府は雇用の確保のため、自由貿易地域では労働組合の結成ができないという条項に同意をした。かつて、賃金の引き上げと労働条件の改善のために立ち上がった女性たちは解雇され、その名をブラック・リストに記載されて、二度と働けなくなってしまった。 

バナナ業界の実態
  『ジャマイカ 楽園の真実』は、ロメ協定によってジャマイカがイギリスから特恵措置を受けていたバナナ業界についても触れる。協定では、年間10万5千トンまでの果物をイギリスが無税で輸入できるようになっていた。アメリカがWTOに提訴し、アメリカ政府はロメ協定の割り当てを廃止し、ジャマイカに対して中央アメリカや南アメリカの生産者、特に「チキータ」や「ドール」などのアメリカ資本の会社と競争することを要求してきた。

  中央アメリカは労働力が安いことが特徴で、栽培条件でこれほど効率よくバナナを大量生産できるところはない。ジャマイカのバナナの総生産量は、中央アメリカの一農場で生産できる量だ。バナナはジャマイカの総輸出品の8パーセントに当たる2,300万U.S.ドルをジャマイカにもたらす。しかし、ジャマイカのバナナ業界は、中央アメリカからのバナナの価格に対抗できないだろう。すでに、小規模だったジャマイカのバナナ生産者は、45,000人から3,000人までに縮小している。 

他に依存せざるを得ない国
  ジャマイカの人々が自分たちの生活に重大な影響を与える決定に参加できないことも明らかにされてゆく。IMFや世界銀行の提案は、市場規制の撤廃だ。このような政策は、第三世界経済をグローバル・マーケットに参入させることによって、恩恵を与えることができると考えられている。しかし実際には、北半球の商業銀行や多国籍企業が多大な利益を得ている。ジャマイカに象徴される国々の人々の生活には、改善される道が見えていない。

  『楽園の真実』は生き残りに賭ける人々の知恵とたくましさに捧げられたものであると同時に、なによりもアメリカや欧米の観客たちに、このような政策が与える影響を知らせることを目的として制作されたといわれる。この映画のサントラで流れる、レゲエの歌詞には、労働者達の嘆き、憤り、そして生きざまが込められている。 
  "貧困が貧しい者を破滅させる"
  "名声のために働くのはよせ"
  "革命の時が迫っている"、
  "運命は俺たちのものだ" 


  女性監督のステファニー・ブラックは、1990年長編ドキュメンタリー「H-2 Worker」(日本未公開)を製作。サンダンス映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。この映画は、H-2ビザ(米国での一定の期間内での仕事に従事するものの為の臨時労働者ビザ)を手に、フロリダで働くカリブ人を題材にしたものである。「IMFは赤十字みたいなものであるというのが、アメリカ人の典型的な考え方でした」と彼女はいう。

  全編に流れるナレーションは、作家ジャメイカ・キンケイドの著書『小さな場所』(平凡社)にもとづいている。カリブの小島アンティーガ出身の作家ジャメイカ・キンケイドが、アンティーガを舞台にしたこの作品を、ステファニー・ブラックは、ジャマイカを舞台に書き換えた。

  『ジャマイカ楽園の真実』は、グローバル経済そしてIMF、世界銀行などによって規制されている、ジャマイカの人々の生活を赤裸々に描いている。国際金融機関などが果たす役割についても、視線は厳しい。残念なことに、こうした映画はメジャーではない**。東京でもわずか10日ほどの上映でしかない。 

ジャメイカ・キンケイド Jamaica Kincaid 1949年、カリブ海の小島、旧英領アンティーガに生まれる。'65年からニューヨークへ出て、ウィリアム・ショーンに見出され、'76年より『ニューヨーカー』専属ライターになる。カリブの口語英語によるポスト・コロニアル小説の旗手として、アリス・ウォーカーらと並んで人気の黒人女性作家である。著書には、『アニー・ジョン』1985(風呂本惇子訳、學藝書林)、『小さな場所』1988 エッセイ(旦敬介訳、平凡社)、『ルーシー』1990(風呂本惇子訳、學藝書林)、『母の自伝』1996 など。

**渋谷「アップリングX」、「アップリング・ファクトリ」で上映中。

Reference
このブログ記事を作るに際して参考にしたこの映画の作品紹介は、大変簡潔かつ的確にその内容を伝えている。
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=6127

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