インターネット環境のない場所で数日を過ごす。終日、ケータイも使わず、キーボードにも触れずにいる時間というのは、不思議な感じがする。最初は多少の不安もあったが、しばらくすると脳細胞に酸素が注入されているような気持ちになってきた。頭脳に清爽感が戻ってきたような感覚だ。大げさに言えば、ITという見えない「ビッグ・ブラザー」にどこかで支配されていたような世界からすっきりと抜け出たような感じかもしれない。今まですっかり忘れていたようなことを次々と思い出した。きっかけは新聞という文字情報からだが、そのひとつ。
マリナーズのイチロー外野手が、大リーグ8年連続200安打達成という快挙を知る。この記録が生まれたのはなんと1901年、イチローがシアトル・マリナーズでデビューするちょうど100年前だそうだ。大リーグはまだ創生期の頃だったと知って改めて驚く。ナショナル・リーグにいたウイリー・キーラー外野手が達成したとのこと。たまたま、手元にあって読んでいた新刊の一冊が、1910年代末、アメリカ連邦禁酒法施行前の時代のある大きな社会的出来事をとりあげ、その過程でベーブルースを主要な人物として登場させていたので、色々な連鎖反応が働いた(さて、何の本でしょう。答はいずれブログに登場させますが。)
アメリカの野球について多少でも関心を持つ人は、ベーブルースはご存知だろう。さすがに映像や写真などでしか見たことがないが、少し時代は下るが、往年のニューヨーク・ヤンキースの名捕手ヨギ・ベラと握手したことを思い出した。不思議なことに、今回のアメリカのサブプライム問題にかかわる金融危機と重なって記憶が戻ってきたのだが、かつてニューヨークにマニュファクチャラーズ・ハノーヴァー・トラスト Manufacturers Hanover Trust という銀行(後にケミカル・バンクとなる)があった。この銀行は、当時アメリカ3大自動車メーカーであったクライスラー社の主力銀行としても知られていた。
ある縁で当時の会長Mc氏の新年パーティに招いてもらったことがあった。ニュージャージーの邸宅であった。何百人お客が来ても収容できそうな大邸宅であったのを記憶している。事実、パーティは新年の賀詞を交わす人たちで列をなしていた。アメリカでも当時は、有名人は私邸でこうした新年パーティを開催していたのだ。(いかなる人たちが来ていたか、その光景もアメリカ社会史の一齣として大変興味深かったのだが、とりあえず先を急ぐ。)
たまたまヨギ・ベラ選手も来ておられ、スポーツマンの友人は大喜びで握手を求め、ついでに便乗したにすぎないのだが。当時はニューヨーク・ヤンキースで活躍中だった。とにかくすごい腕の太さと手のひらであったことだけが印象に残っていた。ヨギ・ベラさんは現在83歳でお元気でおられるようだ。
Mc氏は1981年に亡くなられたが、対米中にかなり詳しく経歴についての話をお聞きしたことがあった。南部の小さな町の銀行窓口係りとして、銀行員生活に入り、当時アメリカを代表した大銀行の頭取・会長まで昇進した同氏の経歴は、当時日本で「常識化」して流布されていた日本の労働市場は「終身雇用」、アメリカは「横断的」という話がいかに虚構に満ちたものであるかを迫力をもって示してくれた。インタビューに応じてくれた同氏のスタッフのほとんどが内部昇進で長年同行に勤務していた。この事実は、その後の他企業の調査でさまざまに確認された。
話は飛ぶが、ワーキング・プアを初めとする近年の日本の議論を見ていると、日本はまた大きな誤りを犯したという思いがする。市場メカニズムの限界を正しく見ることなく信奉し、労働市場の健全な部分まで破壊してしまったのだ。一度、壊れた仕組みをあるべき姿に戻すのは至難なことだ。
Mc氏はアメリカの銀行合併と連邦反トラスト法の関係においても、その第一線で活躍した人物だった。今回の危機でのリーマン・ブラザースのあっけない破綻に象徴されるように、いとも容易にアメリカを代表する大金融機関が破綻、合併、買収されてゆく金融危機の淵源を見たような思いもした。
ひとつの新聞記事が次々と埋もれていた記憶を呼び起こしてくれることには、少なからず驚かされた。いずれ、その一部を記すこともあるだろう。IT環境を離れることも、時には見えない糸でがんじがらめのような現代人の頭脳を解放し、別の思索を引き出す上で、重要なことを十二分に知らせてくれた。
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個人的な追憶メモのようなことまで読んでいただき、有難うございます。
ヨギベラはすでに大変な著名人でした。背は決して高くありませんでしたが、見るからに鍛え抜かれた体格には驚嘆しました。まったく消滅していたと思っていた記憶の再生の仕組みには、改めて驚いています。少しずつ記してみたいと思っています。