時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

残照:誰にも来る時

2009年12月18日 | 書棚の片隅から

 行きつけのある書店をうろついている時に偶然目にとまった。フランス文学の棚だった。『パリのおばあさんの物語』と題する40ページほどの小さな絵本だ。立派な想定の分厚い本の間に埋もれ、背表紙も数ミリ?程度、ほとんど見過ごしてしまうくらい小さな本だ。かわいそうな本と、思わず手にとって見ると、女優岸恵子さんの翻訳によるものだった。その後知ったところでは、静かな話題となっているらしい。

 パリのアパルトマンに住むひとりのユダヤ人おばあさんの話だ。80歳くらいだろうか。長年の苦労も重なって、心身ともにすっかり衰えている。買い物でもお金の計算はすぐにはできない。家の鍵も良く忘れる。自分の誕生日も忘れることがある。ハンサムでやさしかった夫はすでに世を去っている。息子もいるけれど時々電話をしてくるくらいだ。

 フランスへ初めて来たころ、言葉もよく話せず、つらい思いをしたことの追憶。第二次大戦中のユダヤ人狩りも経験している。夫はナチスによって捕らえられ、収容所へ送られてもいる。決して楽な人生ではなかった。それどころか、これほど苦難に充ちた人生はそうないのではないか。おばあさんは、いまその最後の道を歩いている。明日のことだけを考えて。

 いつの頃からか 周囲に高齢の人たちが増えたことに気づいていた。自分もいずれそうなることは知ってはいるが、まだ大丈夫かと思ったりしていた(笑)。しかし、確実に、そして誰にでも平等にその日はやってくる・・・・・・・・。人生の時間は有限なのだ!

 (ここで天の声?あり、「ブログなんてやめてしまえ」。そのとおりです・・・・・・・)

 この本を手にしてから数日後、夜更かしのつれづれに見たTVで、『残照 フランス・芸術家の家』なる映画に出会う。これも偶然の出会いだった。登場人物の平均年齢は80歳以上、俳優、画家、写真家、音楽家、作家など、それぞれに才能に恵まれ、栄光の日々を持った人々が、人生の最後の時間を過ごす家だ。ひとりひとりが強い個性をとどめている。

 パリ郊外に実際にこうした家があるそうだ。貴族の家を改装した立派なアパルトマンだ。画家のためにはアトリエもあり、ピアノのある立派なサロンもある。しかし、見舞いに来る家族や友人も少なくなって行く。時々、居住者であり、かつて令名をはせた女性ピアニストによるリサイタルも開かれる。入居者は楽しみにしているようだ。ピアニストの指は彼女の意思とは別にとても動かない。若いころは暗譜でひいていたのに。それでも、懸命な努力がしばし空間を充たす。そして、時は確実に過ぎて行く・・・・・・・・




* スージー・モルゲンステルス&セルジュ・ブロック(岸恵子訳)『パリのおばあさんの物語』(千倉書房、2008年)
‘UNE VIEILLE HISTOIRE’ texte par Susie MORGENSTEARN et illustré par Serge BLOCH

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2 コメント

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老いの幸せとは (seigu)
2009-12-20 15:05:15
その絵本も映画も知りませんでした。アマゾンでその絵本の概要を知りました。
静かでふくよかそうな絵本と。

最近、荷風のひとりでの死と、大拙の「ひとり」ながら礼を言っての死とを両極において、76歳の老人としていかにあるのがいいか考えています。人は死を生きるまでどう人と生き合うのが大切か。お付き合いを願います。
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残照:誰にも来る時 (old-dreamer)
2009-12-20 18:46:54
seiguさん
自分の人生がどんな形で終わるのか、考えてもまったく分かりません。それが救いかもしれないと思うこの頃です。幸い興味は尽きず追いかけたいことが多く、時間には追われながら、日々過ごしています。行けるところまで行くしかないと思いつつ。
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