時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

中国大学生就活の決め手?

2009年04月18日 | グローバル化の断面

 このたびのグローバル危機で、世界経済回復への鍵を握る主導的な役割を担う国のひとつに中国がある。これまでのところ、表舞台に見る限り、中国政府首脳は自らの役割にかなり自信のほどを示してきた。G20など国際的な場では、内需拡大を柱にかつてない積極性を見せている。しかし、問題山積の大国でもあり、内情は決して楽観できるものではない。そのひとつに農民工や大学新卒者にかかわる雇用問題がある。その一端を記してみよう。

緩衝装置としての大学?
 10年以上前のことだが、中国政府の教育政策に関わる方から、大学は雇用政策として役に立つと思うかと尋ねられた。一瞬、なにを聞かれているのだろうかと答に詰まった。しばらく質疑を交わしている間に見えてきたことは、中国に顕在、潜在的に存在する失業者を吸収する上で、大学の数、入学者の数を増やすことは「効果」があるかという内容だった。予期しない質問だった。

 1990年代当時、国営企業の民営化に伴う多数の失職者の増加、農業部門における膨大な不完全就業者、労働力の増加に追いつけない仕事の機会創出など、中国は多くの問題を抱えていた。こうした状況で、多数の若者が仕事に就けない状況が生まれることは、政治的にも不穏な状態を増加させかねない。

 教育機関としての大学を拡大し、若者を一定期間、教育という過程に吸収することで、労働市場へ膨大な数の若者が一気に流入することをある程度緩和できないかという考えであった。大学を本来の教育機関としての位置づけにとどまらず、労働力化に先立つ緩衝装置としての役割を持たせられないかという、日本ではほとんど出てこない発想だった。

大衆化する大学 
 中国の大学および学生数は、その後飛躍的に増加した。大学の大衆化はこの国でも明らかで、外から見ていても驚くほどのスピードで進んだ。今年の夏には国内の大学だけで、630万人の大学卒業生が生まれる。2000年当時と比較して、ほぼ6倍という驚異的な増加だ。来年2010年には、卒業生数は、実に7百万人になると推定されている。2011年には、さらに760万人にまで増加する。大学在学生の18-24歳層に占める比率は、全国では25%を越え、北京、上海など大都市では60%を越えているとみられる。

 中国の大学は、政府にとって対応が難しい教育の場となっている。中国経済の将来を担う高度な能力を持った人材を養成するという大学に期待される本来の役割ばかりではない。なんらかの要因で、大学生が政治や社会に不安や不満を抱き、反政府的な行動にでも立ち上がることになると、体制にとって大きな脅威となる。

 大学生が大きな役割を果たした天安門事件(1989年)に象徴されるように、大学生の抱く思想や行動は、政府にとって看過し得ない大きな関心事だ。幸い、その後は目覚ましい経済的発展と就職市場の流動化が図られ、自分の職業をかなり自分で設計できる環境が生まれたことなどで、憂慮する事件は余り起きなかった。

高まる不安材料 
 しかし、1999年以降、不安材料も台頭してきた。1999年のNATOによるベルグラードの中国大使館誤爆事件、2005年の反日暴動などの勃発である。今年6月には天安門事件の20年目を迎える。政府が憂慮するのは、不況の影響で大学卒業生の就職状況が低迷していることだ。正確な統計はないが、このところ全国大学卒業生の就職率は6割くらいらしい。

 さらに、これだけ大学生が増えてくると、学生の多様化も進む。人生方向が定まらず、親のすねかじりで当面やっていく「老族」や留年したり、キャンパスの片隅に住み込んだりして、なんとか暮らす「頼校族」なども増えているようだ。大学大衆化に伴う学力低下も問題になっている。「大学」とはいえない大学も増えた(これは日本も同じだが)。中国政府は21世紀に拠点となる大学は100校程度としており、大学間の駆け引き、競争も激しくなってきた。

 他方、中央政府・教育部が「重点大学」としている北京大学、清華大学、浙江大学、復旦大学など有名大学では、高度な教育・研究への充実が進んでいる。夜が更けたキャンパス、薄暗い電灯の下で勉強している学生が目につく。以前にも記したことがあるが、野外の電柱の裸電灯の光で英語の本を朗読している学生の姿には感動した。日本ではほとんど見られない光景だった。「お守り?」credentials を得たいとの意味でも、海外留学熱は依然として強い。有名大学ならば、国内大学の卒業免状より「御利益」が大きいと考えているようだ。

虚々実々の対応
 経済危機の影響で企業などの採用が激減している状況に対応するため、中央政府は、大学を出て就職することなく、起業を図る学生には、最大限5万元(7300ドル)の融資を行う。また、進んで兵役に従事したり、貧困な西部の内陸部で働く若者には、授業料の還付がなされる。地方政府によっては、地方で働こうと考える若者にとって、障壁のひとつであった住宅費用の軽減措置をする所も現れた。3年間、過疎地帯の村落で、村役場の職員などの形で働くと、優遇措置が与えられる。全体の労働者の中で、大卒者の比率は未だ6%程度だが、そのウエイトはこの数値以上に重い意味を持っている。

 中国政府は、この機会に青年の共産党員も増やせればと考えているらしい。体制基盤の強化にもなる。確かに大学によっては、入党者が増えているところもあるらしい。1990年代には、青年の党員比率は1%強だったが、今では8%を越えたといわれる。しかし、入党する青年の側にも深謀遠慮があるようで、入社試験に提出する履歴書の目立つ所に、「党員」と書けるのが大きな強みにとなると思っているらしい。志操堅固、指導力ありの証明になるのだろうか。「上に政策あれば、下に対策あり」の国の面目躍如だ。虚々実々の駆け引きが行われている。

 さて、日本はどうでしょう。「漢字検定」の御利益?は大分減ってしまったようですが!

 

Reference
"Where will all the students go?" The Economist April 11th 2009
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