チベット暴動後のオリンピック聖火リレーが苦難の道になることは、ほとんど予想したとおりだった。ある意味で、中国は自ら問題を作りだしてしまったのだ。ラサでは、いつかこうした事態が起こりかねないことは、いくつかのメディアが予測していた。それにもかかわらず、最悪の事態が起きてしまった。中国首脳部が最も恐れていたことである。
問題は、暴動勃発後の中国の対応だった。力による弾圧、ダライ・ラマに対する一方的非難、そして対話の拒否。これでは解決は望み得ない。ラサやチベット人の多い地域での暴動は、中国首脳部としてできれば国民に見せたくない光景だろう。国内では極力放映されないようにしているようだ。しかし、それも限度がある。他方、聖火リレーの通過国での妨害行動は、インターネットの時代、視聴制限ができない。中国報道官が口にしたように、こちらは中国国民の愛国心を煽るために利用するという方向だ。偏った情報注入は、不条理な行動につながる。
スポーツと政治は別の次元の問題と関係者がいくら強調しようと、現実にはスポーツの政治化は、改めて指摘するまでもないほど深く進行してしまっている。アメリカではサンフランシスコで聖火を倉庫に避難させたり、式典を中止したり、なんとか形だけつけて通り過ぎてもらうことに大わらわだったようだ。今、この難しい時期に中国との間で大きな問題を起こしたくないという配慮が働いているのだろう。パキスタンで聖火リレーを競技場に閉じこめて行ったというのは、まさに戯画的光景だ。英誌The Economistが指摘するように、北京で、「チベットの独立を」などと書かれたTシャツを着た観客が入ってきたらどうするのだろうか。すでにフランス選手団が「平和バッジ」の着用を提唱し始めた。
中国首脳部は、今ではギリシャ、オリンピアの地から北京へ航空機移送をすればよかったと思っているだろう。彼らがコントロールできない地域での反中国的行動は、自らの失態を世界にさらすことになる。オリンピックを目覚しく発展する現代中国を、世界に誇示する重要な機会と考えていただけに、首脳部の衝撃は想像以上に大きいに違いない。オリンピック終幕まで、どこで何が起きるか分からない。どうすれば面子を失わずに終わらせることができるか。おそらく始まらないうちから、終幕のあり方を考えていることだろう。本来ならば政治の対立も忘れて楽しむはずのスポーツの祭典が、極度の緊張の中で進められることになってしまった。
開幕まで時間がなくなってくると、中国首脳部にとって打つ手の選択肢は限られてくる。とりわけ、彼らが恐れるのは自爆テロのような防ぎようのないことが起こることだ。そして、首脳部が最も恐れることは、それが国内問題の爆発につながることだ。
1989年の天安門事件の時も、インフレと政治的不満が背後で結びついて爆発した。何が起こるかわからないことが、対応を非常に難しくしている。チベット族以外の少数民族への連鎖も目が離せなくなった。
改善のために動かねばならないのは、中国首脳部であることは間違いない。非難の応酬に終始するかぎり、緊張度は高まるばかりだ。ダライラマとの対話など、一番いやなことに手をつけねばならない。 しかし、それが最も確実な事態改善への唯一の道なのだ。少なくとも対話が続く限り、大きな破綻は避けられる。
Reference
“Orange is not the only protest.” The Economist April 12th 2008.
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