時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

これもアニメの世界?:指で観るラ・トゥール

2019年08月02日 | 書棚の片隅から

 

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《イレーヌに介抱される聖セバスチアヌス》ルーブル美術館


この絵を見た現代の子供たち、いや大人でも、興味を惹かれて立ち止まるでしょうか。その可能性は多分、かなり少ないでしょう。17世紀の絵画、とりわけ宗教画は、現代人が関心を寄せるには魅力に乏しく、その含意を正しく理解するには詳しい説明がほとんど不可欠です。

この絵の前を通り過ぎる大人の中に、多少何かを感じて立ち止まる人がいたとしても、現代ではかなり例外的でしょう。描かれた情景が意味する内容を知る人は、このブログに来てくださった方ぐらいかもしれません(笑)。 

まして、幼い子供たちがこの絵に興味を持つという可能性はほとんどないでしょう。一瞬、そこで立ちどまるかもしれません。 せいぜい彼らが口にするのは、暗い絵だなあ、なにの絵なんだろう。どうしてこの若者は矢で射られてしまったのだろう・・・・。

17世紀以降、フランス王ルイ13世までが魅せられてきたこの作品について、現代の人がその意味を分からずにいるというのは、悲しいことです。

そこでこの小さなアートブック・シリーズの編者は考えました。「The Senses of Art」(「アートのセンス」)は、Cnedとの提携による、Circonflexe Editionの新しいコレクションです。その目的は、子供と大人が芸術作品の発見を共有できるようにすることです。さすが、フランス、なかなか凝った作りです(下掲表紙)。

 La Tour du bout des doigts, Un livre anime pour decouvrir une oeuvre avec tous ses sens, Circonflexe,Paris, 2013

残念ながら、この本はフランス語版であり、日本語版もありません。しかし、よくある「飛び出す絵本」の体裁を取りながら、視覚障害のある読者のために、熱収縮印刷用に加工された特別な紙まで使っています。

きわめて単純な構成でありながら、知性に溢れ、アルバムは子供の目と好奇心を導いて彼を絵の中に引き込みます。描いた線に起伏をもたせたり、 ポップアップ、切り絵の手法などを駆使して、巧みに画中に引き込みます。

一人の男が全身に矢を射られ、前景に横たわっています。ページを切り取ることで彼の地位が明らかにされ、胸に刺さっている矢は、「指先で」安心して触れて見ることができます。

次に、聖セバスティアヌスの物語について、順に説明します。 背景に描かれた二人の女性の敬虔な姿、濃青のヴェール、中心で介抱に当たる女性の高貴な姿と役割も浮かび上がります。

テキストは、CDが付属し、オーディオガイドが美術館訪問でするようにキャラクターの役割や意味について子供たちに説明します。 こうして、遊びながら、子供は絵を読むことを学ぶことができます。 非常にバランスのとれたこのアルバムは、子供の好奇心を維持し、揺るがない真のアートブックの真剣さを持っています。実際に手にとったブログ筆者自身、感心しました。

最後に、視覚障害のある子供たちのために、出版社のウェブサイトは、「指先で」17世紀の大画家 ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの世界を新技術 thermogonflageによる印刷のための絵のロードを可能にします。大変行き届いた未来型の絵本です。


 絵画の構成線を強調表示するポップアップの導入、隠れたウィンドウを使用した質問と回
答、音声による説明などを駆使して一枚の絵を遊びながら理解させるその目的は、子供と大人が芸術作品の発見を共有できるようにする素晴らしい試みです。

本のいたるところで説明を例証するゲーム、質問とアニメーションは芸術の世界を誰でも(老いも若きも)アクセス可能にします。主として指先のツアーで、素晴らしい大家の作品の細部を探索できます。

そして、リフティング・ウィンドウ(隠された質問)を使用した質疑応答ゲーム、音声による説明まであります。出版不況といいながら、頭脳と技術を駆使すれば、大人でも楽しめる子供の本が実現することを示してくれます。

こうした体験をしていれば、歳をとった時に下掲のような書籍に出会っても興味を新たにするかもしれません。

上掲書籍のカヴァーには、ブログ筆者の必要上、原表紙にはない加工をしております(上右端赤丸)。

以前にブログ筆者が記したこの作品についての感想(2005年4月28日)に、的確なコメントを下さった炯眼の読者が、本テーマにはベルリン美術館、ルーブル美術館所蔵の2点が現存しているが、前者を現代の研究者が(真作とみなし)、後者の方が(工房作とみなされる)前者より優れていると考える根拠は少なく、両者とも等しく名画なのではと指摘されていました。さらに、この作品から若干のデジタル・グラフィック(アニメーション)的印象を受けるとの感想も付されており、大変敬服いたしました。当時から、ラ・トゥールは、工房に自らの作品について型紙を制作して、配色、構図などに関してさまざまな工夫を凝らしていたようです。両者の差異は、作品を並立し自らの目で確かめねば分からないほど僅かです。



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