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人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

巨匠の重み:レンブラントをめぐって

2021年03月30日 | 書棚の片隅から


Rembrandt The Complete Paintings: 350 Years Anniversary Edition, Edited by Volker Manuth, TASCHEN, 2019/09/22, 743 pages  cover


最近はIT技術の進歩で、世界の美術館などが所蔵する絵画や彫刻作品でもweb上で、かなり鮮明に見ることができる。しかし、作品の大きさ、画材や紙質など実際に展示されている実物を見ないと分からないことも多々ある。さらに、個々の作品の鑑賞、展覧会図録、美術研究書など、どうしても印刷物として手元に置いてゆっくり確認したり、解説を読んだりしたいものも多い。

最近折に触れ眺めている美術書の1冊に、17世紀オランダの巨匠レンブラントRembrandt Harmensz. van Rijn (1606–~1669)の没後350年を記念して編纂、発行された絵画の全作品図録がある。レンブラントの絵画作品330点全てを収録した圧倒される一冊である。圧倒されるのはレンブラントという稀有で偉大な画家が残した成果にとどまらない。作品の世界を伝える媒介としての書籍というメディアに投入された凄まじいばかりの努力である。印刷、製本という技術が到達した最前線がいかんなく具体化されている。

17世紀オランダ絵画の黄金時代は多数の素晴らしい画家を生んだが、レンブラントは図抜けて傑出した存在である。この画家は外国へ行ったことはなかったが、多くの絵画ジャンルにわたって、きわめて影響力のある芸術作品を残した。とりわけ、肖像画はユニークであり、突出している。光と影と線影の醸し出す絶妙な表現は、比類がない。技法については油彩画とエッチングは抜群に素晴らしい。しかし、今日その作品は世界中に分散し、全てを見ることは研究者であってもほとんど不可能に近い。ましてや時間の制限なく、鑑賞することなどとても考えがたい。

そのため、こうした出版物は画家とその作品を愛する人にとっては得難い一冊でもある。印刷、製本技術の驚くべき進歩によって、膨大な作品とその解説、研究成果までがXXLな一冊に収められている。

筆者が専門としてきたのは経済学の一分野だが、半世紀近く17世紀の美術や文化にもかなりのめり込んできた。とりわけ、大学教育と経営の責任を負った時期から、若い人たちが今後の複雑多岐な世界で生きてゆく上で、リベラルアーツ教育の必要性を痛感してから、文学、美術、音楽などの文化的領域への関心が深まった。いつのまにか、身辺に画集など美術書などが累積するようになった。コンクリートを打った別棟の移動書庫はとうに満杯となり、床暖房のある仕事部屋にまで進出し、床が耐えられるか心配な状況だ。

ふと気がついたのは、経済関係の書籍と比較して、美術書は形状も大きく、重量もかなり重いものが多いということだった。経済学関係の書籍では、筆者の周囲にある限り、さしずめ辞典類ぐらいが最大のものである。一冊の重さはさほど驚くものではない。

他方、
美術書の重量についてブログにも記したことはあるが、最近のいくつかの書籍を見ていて、よくもこれだけの印刷物にまで仕立て上げたという思いがする。とりわけ、ここに取り上げるレンブラントの図録は圧巻である。

最初に驚くことはその重量だ。正確に秤量したわけではないが、30kgくらいあるかもしれない。足にでも落としたら、ほとんど間違いなく、大変な負傷となる。
床から机上に移すだけでも一苦労する。膝の上に乗せてページを繰るなど、とてもできない。


実際の重さはこうした画像ではとても実感できない。

収録された708点の描画作品は今回初めてと言われる抜群の色彩再生で、314点のエッチングは純粋な線画再生技術で、印刷、収録されている。これらを全て目にすることでレンブラントという画家の類い稀なる鋭い観察眼、巧みな手技、感性の深さを目前にすることができる。レンブラントが単なる画家という域を越えた稀有な人間であることを知らされる。『ベルシャザルの饗宴』(ロンドン・ナショナルギャラリー蔵、1635年)から『テュルプ博士の解剖学講義』(マウリッツハイス美術館蔵、1632年)まで、一貫してほぼ全ての作品を体系的に一望できる。

実物と印刷との間の微妙な違いなどへの多少の注文などは、霧散してしまう印刷・製本技術の粋が投入されている。現代の技術をもってすれば、ここまでできるという自負を誇示するかのようだ。それには敬意をもって感嘆するが、利用者の観点からすれば、箱入り2分冊などの選択肢は無かったのだろうかと思ったりする。閲覧するには、丈夫で大きなテーブル上に置いて広げるしかない。

もしかすると、こうした壮大な試みは、書籍として最後の到達点に達しているのかもしれない。急速に発達している電子メディアがとってかわる日が近づいている。紙の書籍というメディアが到達した金字塔ともいえるかもしれない。いずれにせよ、レンブラントを愛する人にとっては言葉に尽くせない圧倒的に素晴らしい一冊である。


Rembrandt The Complete Paintings: 350 Years Anniversary Edition, Edited by Volker Manuth, TASCHEN, 2019/09/22, 743 pages



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3 コメント

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本のサイズ(2) (old-dreamer)
2022-04-15 13:46:47
ochi san

ご丁寧にありがとうございます。お役に立てて喜んでおります。寸法もさることながら、重さもご注意ください。普通の本棚に置くのは難しいと思います。
old-dreamer


初めての投稿、質問に関する項目を確認せずにコト、質問してしまい失礼しました。申し訳ありませんでした。
にも拘らず親切に教えてくださりありがとうございました。本の購入を考えていますが、どうしても大きさが知りたかったので助かりました。重ねてお礼申し上げます。
返信する
本のサイズ (old-dreamer)
2022-04-14 12:31:03
unknown さん

本ブログのコメント規約には沿っていませんが、お答えいたします。
手元のスケールで測定したところ、縦x横x厚さは次の通りです。
40 x 29.5 x 7.5cm
以上です。
返信する
Unknown (Unknown)
2022-04-13 22:43:35
はじめまして。
突然ですが
Rembrandt The Complete Paintings: 350 Years Anniversary Edition, 2019/09/22, 743 pages cover
について質問させてください。

本自体のサイズがどうしても知りたいのですが、(縦×横cm)を教えていただけませんか?販売ページなどではサイズ表記がまちまちで、正確な大きさが分からず困っております。お手数をおかけしてしまいますが、どうかよろしくお願いいたします。
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