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名無しを招き入れる覚悟

2013年10月01日 | 読書
 『ようこそ,わが家へ』(池井戸潤  小学館文庫)

 今,一番の人気作家と言っていいのかもしれない。
 このタイミングで新作文庫が発刊(7月)されるなんて,なんと商売上手!変な感心をしてしまう。


 主人公は,銀行から取引先である電子部品会社に出向させられた倉田太一。
 総務部長職であるが,強引な営業部長や社長とはあまりそりがあわず,外様扱い…こう書くと,あの半沢直樹の同期の近藤をイメージさせる。

 最初は,人の好い,やや気弱な印象で倉田は登場する。数々の「事件」に正対していく半沢のような威勢のいい展開にはならないが,通勤途中に遭遇したあるトラブルと,会社内の不正対応という二つの流れを織り交ぜながら,展開する物語は,人物設定が平凡であるゆえか,よけいに惹きこまれる。

 解説によると「池井戸潤史上,最弱の主人公」らしい。
 きっと,この倉田の弱さや誠実さに共感する読者は案外多いのではないか。

 企業や銀行が動いていく仕組みのどろどろとした陰の部分はわからない。
 けれど,組織の方向づけの論理には多面性があり,その解釈によっていかようにも語ることができるし,何を正論と見るかはやはりその立場で決まる。
 そして,結果がどうあっても,組織体の内部の人間はそんなに考え方を変えることはできない。
 大きな変化はやはり外部から掘り起こされるし,それをいかに気づき,浸透させていくかが課題だ。
 なんて,自分の仕事にも言えるようなことが思い浮かんだ。

 ともあれ,この小説のタイトルは意味深である。
 「ようこそ,わが家へ」…招き入れているモノの正体がなんであるか,ある意味,この複雑化した社会が生んだ黒い塊のようなものと形容できるが,その来訪はどこでも起こり得ることを示している。

 この話の中に繰り返し登場する「名無しさん」,そして最終章の題ともなった「名も無きひとりの人間」。これらは同意でもあり,対照的な存在でもある。自分はどちらなのか。

 窮屈な息苦しい時代を生きる人間が,どこを見て,何を離さず生きるべきかを説いているような気がした。