青年の老人あり、老骨の青年あり
高橋是清は70歳を過ぎてから、大蔵大臣を3回、
最後に任せられたときは
81歳であった。
標題の文言は、何かの席で晩年に述べられたと言う。
世の中には、30代の働き盛りでこれからという人が、精神的に老境に入ってすっかり
老け込んでいる方を見かける。
逆に60,70歳になっても元気カクシャクとし、壮者をはるかに凌ぎ社会で活躍している人もいる。
≪若年寄り≫といわれるのは前者で、≪青年老人≫は後者です。
青年老人に比して若年寄りが多く見えるのは、自身が年老いたからか?
それとも若者が、現実の社会に夢と希望を失い、将来に望みが持てないからか?、
若者に元気がない。
後期高齢者のはしくれ、
年齢は戸籍上の記(シルシ)に過ぎない。
生理的、肉体的な現象は別として、
精神的に若い気持ちを持ち続ける限り≪青年=青春≫である。
老いて益々元気なりの言葉に、いつも引用する名文が有る。
玉川上水のほとりに在る、小平市の平櫛田中・彫刻美術館を訪ねたときのこと、
玄関に掲げられていた。
「四十、五十は洟垂れ小僧、
六十、七十は働き盛り、
九十になって迎えが来たら、
百まで待てと追い返せ。」
こよなく愛する文言です。