「焼き場に立つ少年」を見て、多方面から考察
わが心の底辺から・・・此の画像から学ぶもの
『あなたはこの、『焼き場に立つ少年』の写真を見てもまだ、戦争はしょうがないと思いますか?』
その1「焼き場に立つ少年」
「ラジオ深夜便1月号」からヒント
山崎真氏は善隣館館長。アメリカの教会を訪れる機会があり、この時に下👇画像の撮影者、”ジョウー・オダネルさん”と会い撮影の時の一部始終を聞いた。焼き場に立つ少年、「もうなくなった弟を背負い、焼くために順番を待っているところ」当時のオダネルさんは、原爆投下された広島・長崎を中心にして、終戦直後の日本を映していた・・・と。
長崎に足を踏み入れて、原爆の恐ろしさを目の当りにし、街で買ったカメラで広島長崎を撮影し回った。終戦からは半月ほど経ったていた・・・・。
NHKで四方八方手を尽くし、この少年を探し当てようとしたが、空振りに終わったようです。筆者も何回かこの写真にお目にかかり、又また目にしたので、強烈なインパクトとして、心の底に仕舞い込んで在りました。
死んだ弟をおぶって焼き場で順番を待つ少年、直立不動をして、炎を見つめる姿、足はむくみ、泣くのを堪える表情が解かる。
その2・日経新聞「春秋・コラム」から
この世から戦争をなくすにはどうしたらよいか。
SF作家の星新一氏は、熟慮の末、少々極端な奇抜のアイデアを考え出した。
「辞書やマスコミから戦争と言う語が出ることを禁止し、いかなる芸術品でも文学でも、戦争に関連したものは捨ててしまう」(エッセイ「平和学」)
その3・介護兵士の戦場 (チョイト一服)
今は元気ですが、明日は我が身、「死んだ弟をおぶって焼き場で順番を待つ少年」の画像を見て、雑誌「ラジオ深夜便3月号」ページをめくったら、介護も戦場(川柳)がそこにはありました。
人間の一生は・・・・・命の果てるまで戦場なのか・・・ハハハハハ!!
その4・ロシヤとウクライナの戦争「現実問題を考える」
ロシヤがウクライナへ侵攻して24日で、1年となった。
まだまだ続く・・・。!!。
プーチン大統領は、ウクライナ侵攻を継続し、勝利するとの決意を示した。
米国とロシアの間に唯一残された「核軍縮合意、新戦略兵器削減条約の履行を停止する」とも表明。
アメリカ・バイデン大統領は、ポーランドで演説し「ロシアがウクライナで勝利することは決してない」と述べ、ウクライナを支え続けていく決意を改めて強調しました。
おわりに
1月24日を中心として、様々な論評が掲げられました。中国が和平へのテコ入れをロシヤに施したとの論評も目に付いた。目まぐるしく変わる戦いの火蓋。
1日でも早く終わってもらいたい。
コメント欄openです。
胸に切なく迫ります。
焼夷弾や機銃掃射を間近に体験し、悲惨な死体を間近に目撃、
長崎原爆のキノコ雲を遠望した少年期の記憶は絶対消えません。
ロシアの侵攻は許せませんが、あのアメリカの非戦闘国民への虐殺行為は今も許せない心境です。
人が人を殺めるだけの意味のない戦争、本当に残念です。
「ロシヤがウクライナへ侵攻して24日で、1年となった。」↑
何時まで続けるのでしょうか?
どうしてやめることができないのでしょうか?
テレビ画面に目を覆いたくなるばかりです。
本当に残念です。
ラジオ深夜便に市原悦子さんの記事を拝見いたしました。
その折の竹ペンんでお書きにならtれた文字がとっても素敵に拝見させて頂きました。
市原悦子さんのご実家は我が家の近くです。
ロシアとウクライナの話は、
あまり考えないようにしてますが、
こうしていろいろお聞きしますと、
いろいろと頭の中の細胞がまたそれは漂います・・。
ロシアとウクライナの戦争は2年目に入りました。
終わりの見えない戦いが、今現在も行われています。
解決策を見出して、一刻も早い終結を望みます。
昨日山梨の山に登り、晴れた空に富士山が綺麗に見えました。
平和な日本を象徴しているかのようでした。
戦争ほどみじめなものはない!!
人が死に、物が壊され、心がぐしゃぐしゃになる・・・・。
でも現在未だ1年経ったが続いている(ロシヤ・ウクライナ)・・・・・全く分からない、
「焼き場に立つ少年」過去何回か見ていますが、又買い求めた雑誌に載っていて、吾の胸に突き刺さった。
記憶とともに、強烈に訴える1枚の戦後の写真です。
≫≫≫この写真は何回も見ています。
胸に切なく迫ります。
そうなんです、何回かお目にかかっていますが、買い求めた雑誌に載っていて、
その静かなもの言わぬ写真から強烈な、インパクトを又受けました。
調べてみると、NHKでもこの本人を探したとか・・・・判明に至らずだそうです。
新聞等でお目にかかりましたです・・・・ネ!
≫≫≫
焼夷弾や機銃掃射を間近に体験し、悲惨な死体を間近に目撃、
そうですか、私は、山の中、そのような生々しい体験はしませんでした。
ロシヤ・ウクライナ戦、結局は裏で操る、「民主主義対共産主義」の戦い、
1日も早く終わってもらいたい!!
言葉になりません。
私は終戦後 昭和21年生まれなんですが、わが町は すぐに米軍基地になりました。
子供のころは 進駐軍って言ってました。
23年からは 日本女性が生んだ黒人との混血児もいて
小さいころから 苦労していました。
戦争は どんな理由も つきません。
いつもいつもご丁寧らるコメント相すいません。
いつのよな中でも戦争が起こるのですね、しばらくはないと思っていましたが突然のロシヤ侵攻で、
唯々呆然としました。
「焼き場に立つ少年」過去何回か見ていますが、
あらためてまた見ますと戦争という事が、
如何にみじめな争いであるかが分かります。
市原悦子さんは山登りが好きで、
そんな記事を見ますと良く詠みます。
、
戦争という事をあちからも、こっちからも拾い集めてきて考察しました。
戦争は駄目ですね!!