私は、本を買っても、読まない。
たとえばです。ここに窪田空穂全集の全29冊がある。
これを古本で購入したのですが、
その一冊を読んだだけで満足している。
あとは読まずに本棚に並んでおります。
という調子で、本は買っても読まない。
ちと、読もうとすれば、未読の本はあるのに、
それなのに、新刊や古本を買ったりする。
たまたま、あるキッカケがあると、
そういう未読本にもスポットライトがあたる。
がぜん本棚が輝いて見える。
ということがあります。
ということで、以下そのことについて。
ブログ「読書で日暮し」のTsubuteさんが、
その触媒を買って出てくれておりました。
ありがたかったなあ、
それはTsubuteさんの2011年1月9日のブログでした。
「橘曙覧」をとりあげて
「橘曙覧全歌集」(岩波文庫)
折口信夫著「歌の話・歌の円寂する時」(岩波文庫)
松岡正剛著「白川静」(平凡社新書)
という3冊の本の画像まで、掲げておりました。
ありがたい。いままで「独楽吟」どまりで、
どう食いついてよいのか判らなかった。
その扉が、すこし開いたような気がします。
ありがたい。いながらにしてキッカケがつかめました。
ということで、まずは、
持っている本をあさります。
折口信夫著「世々の歌びと」(角川文庫)
ここに、「歌の話」と「追い書きにかえて 明治の新派和歌」がはいっている。つぎに松岡正剛著「白川静」をひらく。といっても、辞書でさがすように、本文は読まずに、お目当ての箇所のみ。
「これはまだ十分な明治短歌史の研究がないところなんですが、鉄幹や正岡子規が万葉に憧れ、それがアララギの伝統になったというのは、私はどうも橘曙覧の影響が大きかっただろうとおもっています。曙覧が天田愚庵(あまだぐあん)に影響を与え、その愚庵が子規を鼓舞した。そんな関係があったのかもしれません。子規は『歌は万葉と橘曙覧に尽きる』とすら言っているのです。そのことを白川さんは2003年の福井での講演で、『子規は、万葉4500首に対して曙覧(あけみ)一人を当てておる』と誇らしげに言われていました。」(p119)
これで、はずみがつきました。
折口信夫著「橘曙覧評伝」(日本精神叢書53)を読む。
ちなみに、これは文庫として出ておりました。
昭和16年印刷。私が持っていたのは昭和18年再刷のもので、
頭が全頁水シミのあとがありました。
いきおいがついたので、おかげで、読めました(笑)。
うん。よかった。この文庫には、最後に折口氏が選んだ短歌抄が掲載され。たのしいのは、それに○や2重○、点や2重点がついて、折口信夫の評価が、ちゃんとわかるようにしてあること。
さて、ここからです(笑)。
ついでに、本棚にある窪田空穂全集にあたってみる。
ありました。
「窪田空穂全集」の第十巻「古典文学論Ⅱ」に
橘曙覧に関する文章が4つ掲載されておりました。
私に興味深かったのは「橘曙覧といふ人」という文。
折口信夫の評伝は、すばらしかったのです。
ですが、あまりに評伝としての結構にこだわってしまった力作であるのに対して、窪田空穂の文は、普段着で曙覧と対しておられるような魅力があるのでした。
まあ、どちらも違う魅力で光っております。
うん。窪田空穂の橘曙覧短歌鑑賞は、これは欠かせません。
ということで、Tsubuteさんの参考文献に
窪田空穂の1冊を追加しておきます。
ひょっとして、どなたか
さらに、追加してくださる方がおられれば、
これまた「たのしみは・・・」です。
たとえばです。ここに窪田空穂全集の全29冊がある。
これを古本で購入したのですが、
その一冊を読んだだけで満足している。
あとは読まずに本棚に並んでおります。
という調子で、本は買っても読まない。
ちと、読もうとすれば、未読の本はあるのに、
それなのに、新刊や古本を買ったりする。
たまたま、あるキッカケがあると、
そういう未読本にもスポットライトがあたる。
がぜん本棚が輝いて見える。
ということがあります。
ということで、以下そのことについて。
ブログ「読書で日暮し」のTsubuteさんが、
その触媒を買って出てくれておりました。
ありがたかったなあ、
それはTsubuteさんの2011年1月9日のブログでした。
「橘曙覧」をとりあげて
「橘曙覧全歌集」(岩波文庫)
折口信夫著「歌の話・歌の円寂する時」(岩波文庫)
松岡正剛著「白川静」(平凡社新書)
という3冊の本の画像まで、掲げておりました。
ありがたい。いままで「独楽吟」どまりで、
どう食いついてよいのか判らなかった。
その扉が、すこし開いたような気がします。
ありがたい。いながらにしてキッカケがつかめました。
ということで、まずは、
持っている本をあさります。
折口信夫著「世々の歌びと」(角川文庫)
ここに、「歌の話」と「追い書きにかえて 明治の新派和歌」がはいっている。つぎに松岡正剛著「白川静」をひらく。といっても、辞書でさがすように、本文は読まずに、お目当ての箇所のみ。
「これはまだ十分な明治短歌史の研究がないところなんですが、鉄幹や正岡子規が万葉に憧れ、それがアララギの伝統になったというのは、私はどうも橘曙覧の影響が大きかっただろうとおもっています。曙覧が天田愚庵(あまだぐあん)に影響を与え、その愚庵が子規を鼓舞した。そんな関係があったのかもしれません。子規は『歌は万葉と橘曙覧に尽きる』とすら言っているのです。そのことを白川さんは2003年の福井での講演で、『子規は、万葉4500首に対して曙覧(あけみ)一人を当てておる』と誇らしげに言われていました。」(p119)
これで、はずみがつきました。
折口信夫著「橘曙覧評伝」(日本精神叢書53)を読む。
ちなみに、これは文庫として出ておりました。
昭和16年印刷。私が持っていたのは昭和18年再刷のもので、
頭が全頁水シミのあとがありました。
いきおいがついたので、おかげで、読めました(笑)。
うん。よかった。この文庫には、最後に折口氏が選んだ短歌抄が掲載され。たのしいのは、それに○や2重○、点や2重点がついて、折口信夫の評価が、ちゃんとわかるようにしてあること。
さて、ここからです(笑)。
ついでに、本棚にある窪田空穂全集にあたってみる。
ありました。
「窪田空穂全集」の第十巻「古典文学論Ⅱ」に
橘曙覧に関する文章が4つ掲載されておりました。
私に興味深かったのは「橘曙覧といふ人」という文。
折口信夫の評伝は、すばらしかったのです。
ですが、あまりに評伝としての結構にこだわってしまった力作であるのに対して、窪田空穂の文は、普段着で曙覧と対しておられるような魅力があるのでした。
まあ、どちらも違う魅力で光っております。
うん。窪田空穂の橘曙覧短歌鑑賞は、これは欠かせません。
ということで、Tsubuteさんの参考文献に
窪田空穂の1冊を追加しておきます。
ひょっとして、どなたか
さらに、追加してくださる方がおられれば、
これまた「たのしみは・・・」です。