「オギノ式避妊法」。恥ずかしくも懐かしい響きのあることば。ずっと昔、子どもの頃には、何となく興味津々の内容を持っていました。基礎体温を測って排卵日を・・・、その程度の知識でしたがそれでも。
長じて結婚しても、避妊法はおそらく誰もオギノ式なんかではなかったような。
この戯曲、その荻野先生の物語。原作の小説をもとに「自転車キンクリート」の二人が戯曲化し演出したものです。
何人もの子どもを妊娠し、挙げ句の果てに早期出産で生命を落とす女。子どもが生まれないために親から責められる女。女性の立場を主張する看護師、荻野先生を慕って手伝う若い医師・・・、さまざまな登場人物が、織りなす物語です。
子どもは天からの授かり物という思いの多い時代にあって、夫婦の営みの回数や生理日を記録することで、何とか受胎と排卵の関係を医学的に捉えようとする、産婦人科医師・荻野先生。
何となくユーモラスな、どたばた劇になりそうですが、そこは、まさに「生命の尊厳」をメインに据えてそこから眼を離させない作り方。
この「昔」話、今やおそらくはどなたも実行しているとは思えない、オギノ式避妊法。実は、けっして「避妊」法ではなかったのですが、ローマ法王庁からお墨付きを得て、広まっていきました。今さら取り上げる価値があるのかどうか、とも。
けれど、胎児としての生命のあり方、脳死や臓器移植など人間の生命の科学的解明による、命の「モノ」化が進む中で、こうした荻野先生のような、人間味あふれる生命の不思議探求のやり方に、かえって新鮮な感じがします。
長じて結婚しても、避妊法はおそらく誰もオギノ式なんかではなかったような。
この戯曲、その荻野先生の物語。原作の小説をもとに「自転車キンクリート」の二人が戯曲化し演出したものです。
何人もの子どもを妊娠し、挙げ句の果てに早期出産で生命を落とす女。子どもが生まれないために親から責められる女。女性の立場を主張する看護師、荻野先生を慕って手伝う若い医師・・・、さまざまな登場人物が、織りなす物語です。
子どもは天からの授かり物という思いの多い時代にあって、夫婦の営みの回数や生理日を記録することで、何とか受胎と排卵の関係を医学的に捉えようとする、産婦人科医師・荻野先生。
何となくユーモラスな、どたばた劇になりそうですが、そこは、まさに「生命の尊厳」をメインに据えてそこから眼を離させない作り方。
この「昔」話、今やおそらくはどなたも実行しているとは思えない、オギノ式避妊法。実は、けっして「避妊」法ではなかったのですが、ローマ法王庁からお墨付きを得て、広まっていきました。今さら取り上げる価値があるのかどうか、とも。
けれど、胎児としての生命のあり方、脳死や臓器移植など人間の生命の科学的解明による、命の「モノ」化が進む中で、こうした荻野先生のような、人間味あふれる生命の不思議探求のやり方に、かえって新鮮な感じがします。