確かに年齢を重ねるにしたがって、
テレビは見なくなるは
タレントさんの名前は覚えられなくなるは
新しい音楽に関心が無くなってくるは
若い人の対して何やら文句言いたくなるやら
つまり、普通のおじさんのパターンを実感しているが
もう一つ以前と違って際立ってきたのが
自然とか生き物に対する愛おしい感覚や
古いものを大事にしたいとか、
そのもの自体が凄くいいものに思えてしまう感覚だ
今日も以前から狙っているアンティーク家具(囲炉裏風のもの)を眺めながら
「やっぱり日本人は、そして歳をとってくると
木とか自然のものが良くなってきますね」
などと相づちを打ちながら会話が弾んだ
最近欲しいものが無くなってきた自分だが
この家具屋さんで見かけた囲炉裏風なもの、
昔の扉を再利用した古木の色合いのついたて
栗の木を塗装せず、曲がった部分は一本の木を加工した椅子
こうしたものは本当に手元に置きたいみたいな気分になっている
確かにそれらは一般的に言って安いものではない
だが、それらはこれからも、いやこれからの方が価値を持ちそうな類いであった
木という素材は柔らかく、やさしく、どこかしら心なごむ感覚を導く
しかしながら売れ行きは、今は価格ありき!で
高価格のものは一部のマニア以外にはなかなか伸びないのが実情だろう
本当はランニングコストという考え方をすれば
自然素材の職人の仕事からなる家具は長持ちするし
飽きもこないし、直して使えたりするから、
かえって安くつくのだろう
それでも大勢は、エコが叫ばれている割には大量生産、
大量消費になっているのが実情だ
こんな時代だからマス商品に追われて職人さんたちも
仕事自体は楽しくてもイザ生活となると
食べていけないみたいな事になっているらしい
だから心配なのは、もうこれからはこんな自然素材を
自由に使いこなした家具を作る職人がいなくなってしまう可能性が
冗談どころではなくなってしまう
今いる職人さんはいい歳をした人たちばかりで、やがて目が弱くなって
細かな仕事はできなくなっていく
後継者は経済的に生活が成り立たないからいなくなる
こんな話は家具だけでなく建築にでも見られそうだ
伝統的な工法によるものの方が
最近の数ヶ月で出来上がり、できたとたんから価値が下がっていく家よりも
長持ちしそうだ(つまり安くつきそう)
西欧のように、家をその家族だけでなく社会の財産として
誰かが上手く引き継いでいけばいいのだが
それでもこんな風にするには初期の金額が大きすぎるから
実現は難しいのだろうか
つまるところ今日の言いたい事は
職人さんの手仕事になる類いのものは大事にしてほしい!
ということだ
文化的に価値がある!というのではなく現実に生活の上で
大いに役立ち、人の生活を潤いのあるものにしている
若い人は新しいものだけでなく
古いものにも、(ブームにのるのではなく)関心を持ってもらいたいものだ
テレビは見なくなるは
タレントさんの名前は覚えられなくなるは
新しい音楽に関心が無くなってくるは
若い人の対して何やら文句言いたくなるやら
つまり、普通のおじさんのパターンを実感しているが
もう一つ以前と違って際立ってきたのが
自然とか生き物に対する愛おしい感覚や
古いものを大事にしたいとか、
そのもの自体が凄くいいものに思えてしまう感覚だ
今日も以前から狙っているアンティーク家具(囲炉裏風のもの)を眺めながら
「やっぱり日本人は、そして歳をとってくると
木とか自然のものが良くなってきますね」
などと相づちを打ちながら会話が弾んだ
最近欲しいものが無くなってきた自分だが
この家具屋さんで見かけた囲炉裏風なもの、
昔の扉を再利用した古木の色合いのついたて
栗の木を塗装せず、曲がった部分は一本の木を加工した椅子
こうしたものは本当に手元に置きたいみたいな気分になっている
確かにそれらは一般的に言って安いものではない
だが、それらはこれからも、いやこれからの方が価値を持ちそうな類いであった
木という素材は柔らかく、やさしく、どこかしら心なごむ感覚を導く
しかしながら売れ行きは、今は価格ありき!で
高価格のものは一部のマニア以外にはなかなか伸びないのが実情だろう
本当はランニングコストという考え方をすれば
自然素材の職人の仕事からなる家具は長持ちするし
飽きもこないし、直して使えたりするから、
かえって安くつくのだろう
それでも大勢は、エコが叫ばれている割には大量生産、
大量消費になっているのが実情だ
こんな時代だからマス商品に追われて職人さんたちも
仕事自体は楽しくてもイザ生活となると
食べていけないみたいな事になっているらしい
だから心配なのは、もうこれからはこんな自然素材を
自由に使いこなした家具を作る職人がいなくなってしまう可能性が
冗談どころではなくなってしまう
今いる職人さんはいい歳をした人たちばかりで、やがて目が弱くなって
細かな仕事はできなくなっていく
後継者は経済的に生活が成り立たないからいなくなる
こんな話は家具だけでなく建築にでも見られそうだ
伝統的な工法によるものの方が
最近の数ヶ月で出来上がり、できたとたんから価値が下がっていく家よりも
長持ちしそうだ(つまり安くつきそう)
西欧のように、家をその家族だけでなく社会の財産として
誰かが上手く引き継いでいけばいいのだが
それでもこんな風にするには初期の金額が大きすぎるから
実現は難しいのだろうか
つまるところ今日の言いたい事は
職人さんの手仕事になる類いのものは大事にしてほしい!
ということだ
文化的に価値がある!というのではなく現実に生活の上で
大いに役立ち、人の生活を潤いのあるものにしている
若い人は新しいものだけでなく
古いものにも、(ブームにのるのではなく)関心を持ってもらいたいものだ