現在のチケットの手に入れにくい状況を思うと
まるで奇跡のようなことが1976年のバイロイトで起こった
8月19日に「トリスタンとイゾルデ」
8月20日に「パルジファル」
8月23日に再び「トリスタンとイゾルデ 」
このチケットを手にした
この年はバイロイト音楽祭100周年で プーレーズとシェローの
フランス人コンビの指輪が話題の中心
本当はこれらのトリスタンやパルジファルでなくて
リング全体のチケットを手にしたのだが、漏れ聞いた現代風のスーツを着た
ヴォータン等の演出がどうも気に入らず、指輪をこれらと交換してもらった
実はこの時まで実演でオペラ・楽劇など見た事もなかった
その最初の経験がいきなりバイロイトのトリスタンであったとは
自分でも今更ながら驚く
トリスタンを見るにあたって宿泊所で
大体の話の流れを把握、予習を行った
でも歌詞が日本語で現される訳でもないので
現場はただひたすら集中するのみ
振り返って印象的に残っている事と言えば
トリスタンの前奏曲が終わって直ぐ
オーケストラの 伴奏無しに若い男の声で歌われた導入の部分の
効果的と言うか美しかった事
ケーニッヒ・マルケス・ランド という部分の妙に耳に残るフレーズ
(イゾルデが歌う時もトリスタンが歌う時も)
船が岸に近づいてトリスタンとイゾルデが緊張感に満ちて対面
運命のモチーフが重々しく奏される時
それからついに薬をお互い飲んでしまった時に
あの前奏曲のメロディーがヴァイオリンとハープ(だったと思うが)
思い入れいっぱいに奏される時
これが一幕で記憶に残っている部分
2幕は
やはりあの愛の2重唱が味噌だが、実はその部分よりのブランゲーネの
警告の部分のほうが 記憶に残っている
そして、音楽よりは珍しく舞台の方 どこか森のなかで樹の下で
行われている不倫(?)がえらくモヤモヤした気分にさせられた
3幕は
序曲とまるでその後のトリスタンを暗示するような
木管の寂しいメロディ
この辺りになると多分集中しすぎて音楽がどうの
場面がどうのと言う感じはなかったかもしれない
そんな初めてのオペラ(楽劇)体験の翌日は
大好きなパルジファル
1幕の騎士たちの合唱、天上を思わせるどこまでも上昇する音階
パルジファルの音楽の魔法 ここにありでうっとり
2幕の花の乙女たちの誘惑とクンドリーのまとわりつくような誘惑
一幕よりは変化があるために一気に済んでしまった印象
そして3幕は
やはり聖金曜日の奇跡と
一幕と同じように男性陣の合唱が圧倒的に耳に心地よかった
と、39年も前のことを 覚えている
ナマの力というのはそれほどまでに大きいし
今年再びバイロイトに行ってみようという気にさせたのは
これらの感動があってのこと
ところでバイロイト音楽祭では
幕間の休憩時間は結構あったような気がしたが
15分前、10分前、5分前 だったと思うがバルコニーで
上演されるプログラムの主だったメロディが金管で奏される
今こうして古い写真を引っ張りだすと、案外リラックスした服装の人が見える
確かにチケットを手に出来なかった人たちは、めげずにチケットを求めて
会場近くに並んでいたりしたし、劇場の裏だったかどこかで今演奏されている音を
聴くことができた
だからここに写っている人はそういう人たちだったのかもしれない
今はドレスアップした人ばかりかな
人の一生を支配するようなことは、熟慮に熟慮を重ねた上での
出来事ではなくて、案外こうした偶然とか勢いに任せた 事柄によるもの
かもしれない
自分が若さの勢いで後先考えず滅茶な旅をしたのも
そこで体験した音楽を求めて再び訪問しようとしたのも
なんら必然といったものではなく、ほんの偶然だったかと思う
そして今、過去を振り返っても良い年令になった今
自分もそんなに臆病ではなかったことに
気付かされる
感傷的になるのではなく、過去の自分と向かい合うことは
昔もそれなりに必死だったのだ
と気づく良いきっかけとなる
ということで、思い切り過去を振り返ってみた
※ところでこの年のバイロイト音楽祭に吉田秀和氏も来ていて
ホルスト・シュタインの指揮するトリスタンを聴いたとエッセイに
書かれていたが、自分が聞いたのと同じっだったのだろうか?
氏は凡庸な演奏と手厳しかったが、自分は何しろ初めてで圧倒された