ある放送局の人が自虐的に言った
「放送というのは送りっ放しだから、放送と言うんだよ」
なるほど昨今のテレビ放送を見れば、納得できる
放送は誰かを攻撃する時、その威力を発揮する
小保方さん、ベッキー、乙武さん、舛添さん
彼らはメディアにとって美味しい素材でしかなかった
騒ぐだけ騒いで、自分たちの放送したことが正しかったか
などには少しも関心がなく、関心があるのはまた次に現れてくる
面白そうなこと
そしてそれは皆でたかって攻撃できそうなこと
馬鹿馬鹿しいことに時間を費やすことができることは
ある面世の中が幸せなことだとは思うが、馬鹿馬鹿しいことにしか
関心がいかないような世界はとても不安だ
数ある情報の中で、何が重要かを判断する能力と
何が受けそうかと判断する能力は違うものかもしれない
ヤフーニュースやグノシーニュース、その記事の選択・取り扱いや
タイトルの付け方 などは果たしてどういった視点から考えられているか
人格者とか善人ぶる気はないが、最近の世の中の動きは
なにかおかしいと言うか幼稚になってきていると感じざるを得ない
メディアを批判的に見ること
これは政権を批判的に監視することよりも重要かもしれない