田中英道『ラ・トゥール 夜の画家の作品世界』造形社、1972年
前回のこのコラムで紹介した田中英道氏の『冬の闇』と同年に出版されたのが、本書である。内容からして、相互に補完し合う関係にある。本書も現在では絶版であり、図書館あるいは古書に求めるしかないが、その労は十分報われるだろう。
本書は、田中英道氏がストラスブール大学に提出した論文の邦訳である。前書がラ・トゥールとその時代に焦点を当てた一般読者向けの文明評論の性格を持つのに対して、本書は作品分析に重点を置いた専門書と位置づけられる。
本書が刊行された後のラ・トゥール研究の進展、新たな作品の発見などもあって、作品の確認などをめぐる多少の出入りはあるが、当時としては最新の研究成果に基づいて、ラ・トゥールの作品すべてが掲載されている。印刷技術やコストの点もあって、収録作品はモノクロではあるが、部分的な拡大図やラ・トゥール以外の画家の関連作品なども収録されている。今日の印刷・製本技術からすれば、もちろんより精細なものとなりえようが、当時の出版事情からすれば、十分満足しうるものであった。
さらに、内容に踏み込むと、今日のラ・トゥール研究者の抱く主要な問題意識の多くに論及がなされている。このブログでも記したし、本書「あとがき」での著者の興味深い指摘にあるように、ラ・トゥールは世俗の事柄については多少の記録があるとはいえ、画業についてはなにも自ら書いたものが残っていない。その人生の有り様も含めて、周辺記録・資料からの推測しかなしえない。しかし、そのことがかえって間に書物や記録解釈などの他人の言葉を介在することなく、作品から直接に画家の世界に接しうるという機会を創り出した。
ボルドー大学教授フランソワ・ジョルジュ・パリゼ氏が評しているように、「田中英道氏の仮借することのない作品追及」が本書の特徴であり、西欧人とは違った「斬新で独自な」美意識で、ラ・トゥールという類まれな大画家の世界に入るためのさまざまな材料を提示してくれている。
本書の構成は次の通りである:
序論 I 日本人とラ・トゥールの芸術
II ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの発見
第1章 生涯とその作品
第2章 画風の形成
第3章 ラ・トゥールと同時代の画家たち
第4章 ラ・トゥールの作品 1 再発見された7点の作品について
I 女占い師
II 辻音楽師の喧嘩
III 聖マチウ像
IV 蚤取り女
V 炎の前のマドレーヌ
VI 聖ピエールの悔悟
VII 聖アレクシス
第5章 ラ・トゥールの作品 2 「聖ジェローム」と「聖セバスチアン」
I 悔恨する聖ジェローム
II 2点の「聖ジェローム」図の比較
III 聖イレーヌに介抱される聖セバスチアン
第6章 ラ・トゥールの作品 3 画風変遷の分析
I 3点の版画と原画の関係
II ラ・トゥールの作風変遷について
結論