厚生労働省の「医師の需給に関する検討会」は、7月19日、医師不足が深刻化している県にある大学医学部の定員増を条件付きで検討することを盛り込んだ報告書をまとめた。しかし、基調は相変わらずきわめて楽観的であり、グローバル化への視点も欠けている。
報告書案は週48時間労働で現在の医療レベルを満たすために必要な医師数を27万7000人と試算した。2004年度の国内の医師数は26万8000人で、将来は供給の伸びが需要を上回るとの見通しを示した。
推計の根拠として、05年度の勤務状況調査によると、医師が1週間あたり医療機関に滞在する時間は、病院で63時間、診療所で54時間だった。同省はこのうち、診療や教育、会議などの合計を労働時間とみなし、これを「週48時間」に短縮するには27万7000人が必要と推計。実際の医師数と比べ、9000人が不足しているとした。 そのため、不足が著しい都道府県における医学部定員の増加などを考えている。
しかし、単に数の上で供給が需要を上回っても、問題は解決しない。このままでは、医療の地域間格差が顕著に縮小したり、解消する見込みは薄い。医師不足が深刻な県を対象とする部分的な医学部の定員増などでは、ほとんど解決にはならないだろう。医療プロフェッショナルズの労働移動の実態や医師会などの供給制限的な行動様式などが十分検討されていないからである。おそらく不均衡はさらに拡大・深刻化するだろう。
地域間格差はきわめて大きい。全体的傾向として関東以北はおしなべて不足している。地理上の過疎状態もひとつの要因である。とりわけ、若い医師の定着が良くない。
医学部や医科大学の卒業生が地元に定着せず、出身地などへ戻ってしまうことがかなり影響している。たとえば、弘前大学医学部卒業生の多数は青森県出身者ではなく、東京都を始めとする他府県出身者である。卒業生の7割近くが出身地へ戻ってしまう。そのため、地元出身者のための優先枠を設ける医学部も出始めた。たとえば、弘前大学は今年定員80人の内15人を地元枠とし、来年から20人に増やすようだ。
一方、医師不足が指摘されている診療科については「休日夜間診療を、開業医にも分担させる」(小児科)、「病院外来で助産師が妊婦健診や分娩(ぶんべん)の介助をする」(産婦人科)など医師の負担を軽くする対応を求める方向のようである。
医療にかぎらず、教育、法曹など、「先生」というタイトルがまかり通っている分野は、縦割りの障壁が高い。そしてそれを支える役所の壁はさらに高い。専門化は縦割り、視野狭窄を強める。自分の陣地に入っていれば、お山の大将、攻撃される恐れがないからだ。専門、学閥、系列の障壁が幾重にも取り囲んでいる。日本の大学や大病院にこうした状況が根付いているのは、ほとんど周知の事実である。それだけに、陣地の壁は厚い。事態が複雑化して自分の足下が見えなくなっている。
今回の提案を見ていると、「木を見て森を見ず」との感が強い。医師会など専門職業団体の強い圧力も感じる。地域医療のあり方について、単なる数合わせの次元を越えて、グローバルな視野での医療システムのあり方について抜本的な見直しがなされないかぎり、医療危機はさらに深刻化することは眼に見えている。
Reference
「医学部の定員増を検討」『日本経済新聞』2006年7月20日