このブログを訪れてくださる皆さんは、どこかでリュネヴィルの名を目にされているのでは。そう、17世紀ロレーヌの画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールが、この地の貴族の娘と結婚後、工房を置き、画家としての活動拠点としたと思われる場所です。たまたま見ていた10月16日、NHKTVフランス語講座に、突然リュネヴィル刺繍の場面*が出てきたので驚いてしまった。
フランスでも必ずしもよく知られていない土地である。リュネヴィル Lunévilleには、「ミニ・ヴェルサイユ」といわれる宮殿(Château de Lunéville)もあり、王や貴族たちが絢爛たる宮廷文化を享受していた時代があった。大変残念なことに、リュネヴィルが位置するロレーヌ地方は、30年戦争などたびたびの戦禍で、貴重な歴史的遺産の多くを失ってきた。ラ・トゥールの作品があまり残っていないのも、そのためである。2003年の冬にも宮殿は大火で大きく損傷し、現在修復工事が行われている。
しかし、幸い今日まで継承されているものもある。リュネヴィル窯として知られる美しい陶磁器もそのひとつだ。窯自体は閉鎖されてしまったが、作品はコレクター・アイテムになっている。収集欲がないこともあって、残念ながらひとつも持っていないが、クラシックな美しさがある。
それとともに、19世紀から続くリュネヴィル刺繍という技法がある。真珠とスパンコールを散りばめた刺繍で、まさに“糸の芸術”といわれる美しさだ。TV番組では、女性の華やかな扇に刺繍する作業が紹介されていた。
この技法では枠(メティエ)に布地を張ることによって、両手を自由に使って刺繍することが出来、布の目をまっすぐに保ち、刺繍によるゆがみを防ぐごとができる。枠にはめた綿のチュールにリュネヴィル型と呼ばれる鉤針(le Crochet de Lunéville)で刺繍する。従来の方法よりも正確かつスピーディーに制作ができ、針の通りにくいビーズなどを正確に刺すことが可能になった。
大変手間のかかる作業だが、その出来栄えぶりを見ると、驚嘆する美しさだ。かつて宮廷の女性たちの絢爛、華麗な衣装を飾り、圧倒的な人気の的であっただけに、そのまま衰退してしまうのは惜しい技術だ。幸い最近パリなどのオート・クチュールでも、再認識され、注目されだしたようだ。以前に訪れた時は宮殿火災の跡を修復中で、リュネヴィルは停滞の色が濃かった。
こうしたことで、伝統技術、地場産業が再生することは喜ばしい。どこの国でも同じだが、停滞した地域が活性化するためには、外部から苦労して新技術を持ち込むよりは、その土地に蓄積された技術が内発的に花開くことが確実であり、最も望ましい道だ。
この伝統芸術を継承し、後世に伝える試みがなされている。フランスのリュネヴィル刺繍学院(Conservatoire des Broderies de Lunéville)であり、1998年、リュネヴィル宮殿の中に設立された。その後、宮殿が2003年冬の大火災で大きく損傷したため数年間閉鎖されていた。このたび再開され、一年を通して研修生を受け入れている。
この伝統ある刺繍技術の一端をご覧になりたい方は下記のアドレスをご訪問ください。作業工程のヴィデオも見られます。
リュネヴィル刺繍学院
Conservatoire des Broderies de Luneville
* Anne Hoguet. L'eventailliste (扇職人)、フランスのテレビ番組Mains et Merveilles から部分放映。