底なしの麻薬密貿易の世界:アメリカ・メキシコ
アメリカ経済の停滞で、国境間の人の移動が頭打ちになる中で、執拗に増加しているのが、麻薬密貿易だ。アメリカ・メキシコ国境で、新たな動きが注目を集めている。そのひとつの例を紹介しよう。
アメリカ税関に勤務するマルガリータ・クリスピンは、テキサス州エルパソとメキシコ・シウダ・ヒアレスの間で麻薬取引などに関わる情報収集員を務めてきた。しかし、FBIはクリスピンが麻薬取引のマフィア組織に取り込まれたと内偵を進めてきた。
ある日、彼女が運転し、FBIに追跡されて逃げた車から2.7トンという大量のマリファナが見つかった。彼女は告発されたが、FBIが驚いたことには、彼女は自白取引 plea bargaining(自白すると刑が減じられる) に関心を示さず応じなかったことだった。メキシコの麻薬組織は、FBIなど捜査当局に不利な情報提供をするようなことがあれば、ただではすまないぞと彼女を脅迫しているようだ。実際、こうした麻薬組織はアメリカ・メキシコの国境パトロール組織やメキシコの政府高官にまで深く入り込み、さまざまな犯罪を生む元凶であった。
アメリカこそが犯罪の元凶
アメリカに流通するマリファナ、コカインなどの麻薬のほとんどは、メキシコ側から入ってくる。原産地はメキシコばかりでなく、コロンビアなど南米も大きな産地だ。そして、麻薬カルテルがあげる巨大な利益のほとんどは、アメリカ市場で生まれている。昨年メキシコのカルデロン大統領が勇敢にも挑戦、摘発対象としたような大きな偽善と巨悪がそこにはある。カルデロンはメキシコ中央政府高官の間に深く巣くっている積年の汚職、犯罪組織に、身の危険もかえりみず勇気あるメスを入れようとした。
彼はアメリカ当局にも同様な行動を求めている。「アメリカの出入国管理などの腐敗や汚職が、世界最大の麻薬市場を繁栄させている。私がメキシコで行ったように、どれだけの高官がアメリカで実際に取り調べられたか」とカルデロンは厳しく問う。 これまでメキシコの麻薬密貿易問題に距離を置いていたアメリカも、最近ではクリントン国務長官自身、「麻薬密貿易戦争」にメキシコとアメリカ両国が共同してあたることを約束させられている。麻薬の最大市場がアメリカであることを、否応なしに認めざるをえない状況のためである。
正面突破を試みる麻薬組織
麻薬取締機関がアメリカ・メキシコ国境で摘発した麻薬・薬物の量は2007年の357トンから、2008年には661トンまで増加した。関連して今年は6600人が死亡している。昨年は5800人だった。この増加の背景にはなにがあるのか。大きな理由として、国境管理の強化、とりわけ辺境地帯での取締体制の強化が影響したとみられている。従来、密輸の経路に使われた砂漠地帯でのパトロール体制が強化されたことで、密輸を企てる者は、逆に公的に開かれている国境の出入り口を使って、正面からくぐり抜けようとして発覚したりで、国境パトロールなどと対決、紛争などを起こしたようだ。
税関でのトラック検査の腐敗は、しばしば贈賄か脅迫かという形をとるようになっている。アメリカの国境管理にあたる秘密情報員は、ギャングなどによる銃砲などでの物理的脅迫にはあまり動かされないといわれてはいる。
他方、麻薬ギャングは、密輸取引に伴って目的以外で、余分な暴力沙汰などを起こさないように注意しているらしい。言い換えると、砂漠などで銃砲火を交えたりすることなく、正規の税関などから貨物などに隠蔽して麻薬などを持ち込もうとしている。他方、アメリカ国境の管理体制は強化され、パトロールの数も2001年の9000人から今日の20,000人近くに増強された。
憂慮すべきは麻薬取引の発見、摘発にあたる捜査情報員が早い段階から組織へ取り込まれることだといわれている。増員される捜査・情報員の多くは新人なので、密貿易組織は彼らが仕事に慣れないうちから、組織に取り込んでしまおうとしているらしい。しかも、その魔手は、まだ国境税官吏や捜査員に任官しない若者にまで伸びているとされる。国境問題には関係国の社会の深部まで目をこらして見ることが求められる。事実は小説よりも奇なり。
References
Assets on the other side: Corruption on the border ” The Economist March 13th 2010
"Reaching the untouchables." The Economist March 13th 2010.
”Turning to the gringos for help." The Economist March 27th 2010.