時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

壁を高めるアメリカ

2010年08月18日 | 移民政策を追って

 異常気象がもたらした酷暑が続く中でも、世界は止まることなく動いている。移民・外国人労働者もそのひとつだ。少しでも光の見える地域を求めて、彼らの動きは絶えることがない。他方、彼らが目指す先進国は経済停滞に悩んでおり、移民受け入れ制限など保護主義的動きに走っている。かつて開放政策を掲げていた国が次々と受け入れ制限に動いている。アメリカ、イギリス、フランス、オーストラリアなど、主要受け入れ国の方針転換は特筆に値する。

 移民(出入国管理)政策の問題は変化が激しく、視座をしっかり確保しておかないと、根幹が見えなくなる。日本は特に問題だ。グローバルな変化の中で、日本がどこへ行くのか、国民にはほとんど見えていない。国民が気づかないうちに、事実だけが積み重ねられているとしか思えない。この点、国民が議論形成に参加し見つめる中で、政策が形成されている国々とはかなり異なっている。憂慮すべきことは、政策立案に携わる人たちが問題を正しく捉えていないことだ。悪名高い硏修・技能実習制度にしても、最初からボタンを(意図して)掛け違えたままだから、いくら表面を糊塗してみても、人権無視、劣悪労働などの違反事件も絶えることがない。根幹を直すことをしない制度は歪むばかりだ。

  世界最大の移民受け入れ国アメリカにも、ある変化が起きつつある。オバマ大統領就任後の政策実行度について、移民法改革は最も国民の評価が低い。実際、就任後ほとんどさしたる対応をしてこなかった。アフガニスタン、イラク派兵問題、国内の雇用悪化、メキシコ湾原油流出事件など、新たな問題も生まれた。また、亡くなったテッド・ケネディ上院議員のように移民法改革に熱意と政治力を持つ議員もいなくなった。結果として、オバマ大統領は選挙活動中の発言とは異なり、今日まで成り行きに任せてきた感があった。

 その間、アリゾナ、ユタ州など国境周辺州で、不法移民に対する厳しい保護主義的動きが起こり、国民もこうした動きを支持するようになってきた。オバマ大統領の移民に関する対応への批判も高まってきた。  

 これまで手をこまねいていたオバマ大統領だが、この動きをみて急遽上院に国境警備強化法の検討・決議を促し、8月13日に大統領が署名、成立させた。大統領はなにもしていないという評判が拡大することを恐れたのだ。この対応で、オバマ政権は移民改革に無為無策であるという批判をとりあえず回避し、近づく中間選挙へアッピールしようとの考えのようだ。

 施策の主要点は、およそ6億ドル(516億円)を投じ、アメリカ、メキシコ国境の警備を強化する方針だ。監視用の無人飛行機や通信設備の追加、州兵1200人、国境パトロール1000人の増加、その他関連要員の増加などを含んでいる。大統領はこれらの施策は、人身売買、麻薬貿易、武器密売などの犯罪防止にもつながるとしている。しかし、実体はブッシュ政権以来の路線を踏襲したものにすぎない。難しい問題はさしおいて、国境の穴をなんとか埋めようとする動きだ。ブッシュ政権の政策と基本的に変わるところがない。

 最も対応が難しい1100万人近い国内不法滞在者のアメリカ市民への組み入れについては、今のところなにも対応がなされていない。オバマ大統領としては、自らの支持層としてヒスパニック系に期待しているため、彼らの利害を損なうような政策には着手できないでいる。これについては共和党などに、不法滞在者送還などの厳しい政策をとるべきだとの批判もあり、選挙戦での論点になる可能性もある。しかし、民主、共和両党ともに、選挙中に不利になりそうなことはあえて触れたがらない。

 他方、国境の南側メキシコでは、国境の障壁が高まるにつれて、経済的停滞が深刻化してきた。たまたま聞いたBBC(August 18, 2010)のレポートでは、ブエノ・ヴィスタという町の状況が報じられていた。この町では、働き手の多くは国境を不法に越えてアメリカに職を求め、残った家族は、彼らの送金に頼って生活している。しかし、このところ急速に送金額が厳守し、生活が困窮化した家庭が増えているという。町の失業率は30%を越えている。町にはさしたる働き場所がない。

 かつて華々しく掲げられたNAFTA(北米自由貿易協定)推進の話は、ほとんど聞かれなくなってしまった。さらに、この度の不法移民阻止に関わる人件費などの対策費、総額六億ドル(約520億円)費用は、アメリカが合法的に受け入れている熟練度の高いIT技術者など専門技術者の入国に必要なヴィザ(H1B)の申請料を引き上げで徴収することでまかなうとされている。日本人などの駐在員ヴィザ(L1)についても適用されるようだ。これについては、インド政府、IT業界などから強い反対の声が上がっている。

 移民希望者に高額な入国負担を求めるという考えは、最近シカゴ大学のノーベル経済学賞受賞者のゲーリー・ベッカーなどの提案の影響もあり、アメリカ、イギリスなどで議論が浮上している。しかし、移民政策には政治的な力も強く働き、一筋縄では行かない難しさがある。グローバルな変化を辛抱強くウオッチすることを通して、少しでも行方を見定めたい。

コメント
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