Vincent van Gogh. Rain, Canvas 73.5 x 92.5 cm, 1889. Philadelphia, Philadelphia Museum of Aft
[この作品は恐らく1989年11月2日、ヴァン・ゴッホがプロヴァンスのサン・レミ療養所に入っていた時、自室から窓越しに描いたものと推定されている。Rosenberg pp196-197]
ごひいきの画家の作品のすべてが、同じ地域のひとつの美術館などに収蔵されていることは望ましいだろうか。これについては、多くの異なった考えがあるだろう。しかし、今日の世界では作品の拡散、グローバル化を阻止することはできない。たとえば、レンブラントの作品をすべて所蔵されている現地で、自分の目で見たいと思っても、ほとんど不可能に近い。現存する作品数の少ないフェルメールやラ・トゥールでも、特別展でもないかぎり、主要作品だけでも見ることは不可能だ。 外国で開催される大規模な企画展などでも、こうした画家の作品のすべてを集めることなど、いまや不可能といってよい。せいぜいその大半を見ることで良しとしなければならない。ましてや壁画、祭壇画などでは、展示されている現地へ赴くしかない。
第二次大戦前、そして戦後もしばらく、ヨーロッパの知識人?の多くは、アメリカへヨーロッパの著名画家の作品が流出するのは、アメリカ人の富豪や画商が金にまかせて買いあさる結果だと憤慨し、流出してしまった作品にしても、まだ第一級の作品は旧大陸に残っているからと、自らを慰めていたようなところがあった。こうした感情はその後、かなり緩和したようだ。
ヨーロッパという旧大陸とアメリカという新大陸のアンビヴァレントな関係も、時代の経過とともに大きく変わった。アメリカに流出したヨーロッパ絵画をかなり落ち着いて見ることができる環境が醸成されてきたようだ。
たまたま、この問題にかかわる一冊の本*に出会った。著者は、かつてルーブル博物館の館長をつとめたこともあるピエル・ロザンベールだ。ロザンベールは17-18世紀フランス、イタリア絵画の権威で、プッサン、ワトー、フラゴナール、シャルダンなどの研究者として著名であり、ラ・トゥールについても詳しく、著書も多い。本書はヨーロッパからアメリカに流出した著名な画家の作品の中から100点を選び出したものだ。
「なぜこの本を書いたか」と題する紹介で、彼は次のようにいう。 第二次大戦後、アメリカの美術館は、そこを訪れたヨーロッパからの人々にとってひとつの驚くべき啓示のように思えた。ヨーロッパからの訪問者は二つのことを感じた。
ひとつはアメリカの美術館がなしとげた成果への劣等感ともいうべきものだった。収集品の質の高さと美術館の建物や展示の素晴らしさに驚かされた。他方で、優越感も抱いた。作品はアメリカに移ったとはいえ、皆ヨーロッパの画家たちの作品ではないかという思いである。
ロザンベールが最初にアメリカの美術館巡りを始めたのは、1962年であり、グレイハウンド・バスで主要都市をめぐって美術館を見たという。私自身それから数年後に同じようなこ経験をしたことがあり、懐かしい思いがした。今はどうなっているか知らないが、当時は99ドルでアメリカ全土乗り放題というプランがあった。
さて、ロザンベールの著書は、アメリカの美術館が所蔵する全部で100枚の絵画(実際は98枚の油彩画と2枚のパステル画)を選んだものだ。作品が制作された時期についてみると、期間は15世紀から1912年にわたっている。 100枚のヨーロッパ絵画というのもかなり恣意的だとピエールは言う。南米、アジア、オーストラリア、アフリカなどの作品は当初から除外されている。美術館としてもカナダのトロント美術館など優れた作品を所蔵する北米の美術館も対象外だ。もちろん、アメリカの画家も含まれていない。
100枚というのも厳しすぎ、200―300枚ぐらいがよかったとも言う。本書を読んでみて、なるほどそうだなと思う。100枚では到底選びきれないほど素晴らしい作品がアメリカ各所に所蔵されている。選択された作品は、それぞれの画家の傑作という基準でもない。「傑作」といっても、見る人によって大きく異なるからだ。そういう意味ではロザンベールの好みで選んだ100枚といってよい。
色々と興味深いことが頭をよぎる。とてもここには書き記せない。その中でいくつかこのブログにも関連することを記してみよう。ロザンベールといえども、アメリカのどの美術館が、いかなる画家の作品を所蔵しているか、知り尽くしているわけではない。そのため、多くの学芸員、研究者などの意見を求めている。協力者たちが最も好んで挙げたのは、テル・ブルッヘンの「イレーヌと従者によって介抱される聖セバスティアヌス」Ter Brugghen at the Allen Memorial in Oberlin だった。ロザンベールは同じ画家の「キリストの磔刑」の方にご執心であったようだが、多数にしたがって、前者を選んだ。結局、これが本書の表紙にも採用されている。両者ともに、このブログでとりあげている。管理人も好きな作品の一枚だ。
ロザンベールもごひいきのラ・トゥールは当然選ばれているが、「女占い師」であり、私の好みの「ファビウスのマグダラのマリア」(ワシントン、ナショナル・ギャラリー蔵)ではない。もっとも、アメリカでラ・トゥールの作品を所蔵している美術館は少なくも9館はあるのだから、選択は難しい。
選ばれた100枚の作品は、最初は
Robert Campin, Known as the Master of Flémalle
Valenciennes of Tournai(?), c. 1375/1379-Tournai, 1444
The Annunciation with Saint Joseph and Couple of Donors,
or The Mérode Triptych
Wood, Central panel 64.1 x 63.2, Wings 64.5 x 27.3
C.1425-30
New York, The New York Metropolitan Museum of Art
という大変美しい3連の祭壇画から始まり
Marcel Duchamp
Blainville, 1887-Neuilly-sur-Sseine, 1968
Nude Descending a Staircase n.2
Canvas H.146 x 89.2 cm
Philadelphia, Philadelphia Museum of Art
という現代の抽象画で終わっている。当然jなじみ深い作品もあれば、初めて見る作品も入っている。
印象派の時代では、管理人も好きなゴッホの「雨」(上掲)なども入っており、アメリカという新大陸におけるヨーロッパ絵画の受容の歴史を展望することができる。本書を読みながら、さまざまなことを思い浮かべた。いずれ、その断片を記すこともあるかもしれない。
ともすれば、ヨーロッパの美術館だけに目を向けがちなヨーロッパ美術の愛好者にとって、アメリカの美術館にある作品がどれだけ素晴らしいものであるかを考えさせる興味深い一冊だ。
* Pierre Resenberg. Only in America: One Hundred Paintings in American Museums Unmatched in European Collections. Milano: SKIRA, 2006.